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一樹の蔭、一河の流れ

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一樹の蔭、一河の流れ
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文芸サイト「文学夢街道」管理人の杉山武子です。
実りある60代をめざして、読書・映画・旅行など日々の活動から思うこと感じることを書いて、水曜日にアップしています。
ブログ名は平家物語の「一樹の蔭に宿るも前世の契り浅からず、同じ流れにむすぶも他生の縁なほ深し」に由来しています。
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ルキーノ・ヴィスコンティを観る 

2017/04/12 09:34
団塊世代で映画がこよなく好きな人だったら、ルキーノ・ビスコンティの名前を聞けば、観た事のある彼の監督作品名を言えるかもしれない。彼はイタリアの巨匠と呼ばれ、文芸大作や歴史大作の監督として「イタリア・ネオレアリズモ映画の伝統的な先駆者」といわれている。

しかし日本では、彼の生前に公開されたのは全19作品のうち約半分しかなかったそうだ。1976年に亡くなり、その2年後に「家族の肖像」が公開されると大ヒットして、80年代にヴィスコンティは映画の枠を超えて一大ブームとなり、全作品が公開されたのだという。

2016年はビスコンティ監督の生誕110年、没後40年の記念すべき年だったことから、特に評判の高かった作品のうちの数本が修復され、昨年末から≪ルキーノ・ヴィスコンティ生誕110年 没後40年メモリアル―イタリア・ネオレアリズモの軌跡―≫と銘打ち、デジタル修復版が全国各地で順次上映されている。

ただしシネマコンプレックスが全国で展開する現状では上映館が限られ、各県1館程度。九州では福岡・大分・鹿児島の3県のみで、鹿児島市内ではガーデンズシネマで上映中だ。鹿児島市在住の私としては嬉しいかぎりだけれども、名画座的な映画館が衰退した現状はちょっと寂しくもある。

デジタル修復版として銀幕に登場するのは、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(1942)、「揺れる大地」(1948)、「若者のすべて」(1960)、そして「家族の肖像」の4作品だ。このうちに先日まず、アラン・ドロンやクラウディア・カルディナーレが出演する「若者のすべて」を観に行った。上演時間が2時間59分の大長編。しかし内容が濃くて長さを感じなかった。

「若者のすべて」のあらすじを簡単に紹介すると――

 1955年のある晩、父親を亡くした家族(母親と4人兄弟)が貧しい
 南部の農村から、北部の大都会ミラノ駅に着く。ミラノで働く長男
 ヴィンチェンツォを当てにして、移住してきたのだ。三男ロッコは
 ボクサーとして活躍するようになるが、次男シモーネは悪の道に染
 まり…。ヴィスコンティの重要なモチーフ・家族崩壊をドラマティ
 ックに描くこの一大叙事詩は、ネオレアリズモの最後の作品。


映画の時代背景の1955年といえば、日本では昭和30年。戦後まだ10年しかたっておらず、それは第二次世界大戦で敗戦国だったイタリアも同じ。映画の公開は1960年だから、昭和30年代前半のイタリアの様子が垣間見える。監督のルキーノ・ビスコンティはミラノ生れということもあり、観光地として有名なミラノのドゥオーモ(ミラノ大聖堂)などが効果的に使われている。

母親と4人の息子たちは地階のアパートに何とか住む場所を見つけるが、息子たちの最初の仕事は、屋外での雪かきだった。時代は戦後復興期の最中ということで、集合住宅らしい足場の組まれた建設現場や、イタリア第2の都会で暮らす人々の様子も映し出される。

この当時は南部は貧しい農村地帯で、北部の大都市ミラノに出稼ぎに来る人々が多いというイタリアの南北問題が描かれている。また家族を何より大事にするといわれるイタリア人気質、5人の息子を育てた母親の存在、大都会で必死に生きる5人兄弟が辿るそれぞれの運命…。久々に「これぞ映画」という感慨を抱かせてくれた作品だった。

 ※≪ルキーノ・ヴィスコンティ生誕110年 没後40年メモリアル
    ―イタリア・ネオレアリズモの軌跡―≫
   公式ホームページ  https://www.visconti-neo.com/

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鹿児島市民劇場5月例会「集金旅行」のご案内

2017/04/09 09:21
こんにちは。当地鹿児島は九州内でも桜の開花が遅いことで知られていますが、何と今年は、市内中心部を流れる甲突河畔の桜並木はやっと5分咲きといったところです。

3月末は肌寒い日が続いたせいもあるのでしょうが、とうとう卒業式にも入学式にも開花は間に合わず、来週中頃が見ごろでしょうか。お寝坊さんの鹿児島の桜です。

さて、鹿児島市民劇場では、5月30日(火・18:30〜)と31日(水・13:30〜)に、5月例会として民藝の「集金旅行」を上演します。私のサークルは5月例会を担当していますので、お知らせいたします。

鹿児島市民劇場は会員制の演劇鑑賞団体です。演劇を観たい人、好きな人が3人集まってサークルを作り、入会できます。知り合いやお友達のサークルから誘われて入会することもできます。

井伏鱒二の小説を原作にした「集金旅行」の主演は、樫山文枝さん。ほかに伊藤孝雄さん、西川明さんなどが出演されます。民藝には珍しくコミカルな内容の舞台です。
   
   ※ 画像をクリックすると拡大します。

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市民劇場はかつて労演と呼ばれていた長い歴史を持つ演劇鑑賞団体です。現在、九州・山口各県の主要都市に18団体があり、3万数千人の会員が商業演劇とは違う形で演劇文化を支えています。1つの例会は1つの劇団が自信作を引っさげて、この18カ所の地域を約2カ月かけて巡回上演します。

入会ご希望の方は、鹿児島県在住の方の場合、下記までご連絡ください。3人でサークルを作っていただくのがベストですが、どうしても無理な場合、お一人でも入会されたい場合は、下記までご相談ください。ちなみに私のサークルの名前は「エンデバー3」です。サークルの名前は自由に決められます。

劇場で観る演劇は、俳優さんと観客が作り上げて完成する一期一会の、非日常の空間です。「忙中閑ありと」申しますが、忙しい日常だからこそ、ライブで楽しめる演劇をぜひご一緒に楽しみませんか。

    入会金=2,300円 会費月額=2,000円(学生1,600円)
    年6回、さまざまなジャンルの演劇をお楽しみいただけます。
    (会費等の額は各団体で多少異なります。)
    
    ※鹿児島市民劇場 お問合わせ先
     
    〒892−0842
    鹿児島市東千石町2−8 円ビル3F
    電話:099−224−2888



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90歳

2017/03/23 02:41
最近生まれたての赤ん坊(孫)の世話から、一転、90歳のばあやさん(姑)の見舞いのため、入院先の病院へ通っているので、人生90年という時間の重さを実感する日々です。あやすとニコッと笑うようになった孫に癒される一方、圧迫骨折で入院中のばあやさんの姿は、長生きすれば遠からずやってくる自分の未来を見ているようです。自分もああなっていくのかなと。

昨年、佐藤愛子さんのエッセイ『九十歳。何がめでたい』が出版され、そのタイトルの洒脱さに、さすが愛子センセイと感心しましたが、実はまだ読んでいません。たぶんとても面白い本だと思いますが、日常的に90歳に接しているので、そっちはそっち、こっちはこっちで手いっぱい。何かもうおなか一杯な感じで、読む気がしないのです。

ばあやさんは認知機能が衰えたとはいえ、主婦業一筋に生きて来られたので生活の基本的なことはしっかり身についており、20数年もひとり暮らしが出来たのだと思います。玄関の施錠、炊飯器でごはんを炊く、電話を掛ける、簡単な炊事もできる。以前白内障の手術をした目は良好、耳もいいし、歯も入れ歯なし。入院前は杖もつかずに歩いていました。

昔の記憶もあるし、わたし(嫁)の名前も顔もちゃんとわかります。お世話をすれば、「いつもありがとう」と丁寧にお礼を言われるので、もうそれで報われた気がして、足取り軽く帰ります。感謝の気持ちは、心の中で思うだけではなく、その場ですぐに言葉に出して言うこと。言葉は出し惜しみしないこと。それを毎度、教わっています。

ただ、会話をしても記憶が残らないので、何度も同じ質問が繰り返されて同じことを答えるので、だんだん疲れてきます。実の母親のときは「もう何度も同じこと聞いて! さっきも言ったでしょ」と喧嘩腰にはねつけていました。だけど義理の間柄だとそうそうはいきません。何度聞かれても、初めて聞くような顔をして答えます。

それは〈鬼嫁〉なんて思われて、「もう来ないで」と言われたらお互い困るからで、4人も子供を育てたのに、身近にいるのは長男夫婦のわたしたちだけです。実の母はもう亡くなりましたが、ひとり暮らしで、病気で入院中のときは、洗濯物など兄嫁さんにお世話になっていました。そのお返しを、わたしはばあやさんにしてあげる、そんな気持ちです。

実の母は、生前とても元気な人でした。体が丈夫で風邪は引かないし、バイクを乗り回して、一人相撲で2度もケガをしたのに、運よく軽くて済みました。3人の娘たちには「あんたたちの世話にはならん」と言い続けていましたが、85歳を過ぎて腰も曲がり、いよいよ体の自由が利かなくなると、娘たちばかりか兄嫁さん、ヘルパーさんのお世話になりました。

そんな母を反面教師として学んだのは、どんなに元気な人であっても人間トシを取ると、必ず誰かの世話にならずには生きていけない、ということでした。少子高齢化が進み、世話をしてくれる子どもや身内がいなくても、社会全体で老人を看るために介護保険制度が出来ました。長生きすれば、どなたも必ず誰かのお世話になるのです。でもそれまでをどう生きるか。

そのお手本があります。沖縄の離島、人口600人余りの小浜島に誕生した「KBG84 天国に一番近いアイドル!」として話題の、小浜島ばあちゃん合唱団です。平均年齢84歳、センターのトミさんは92歳とか。おばあたちが歌って踊って、世界中の高齢者に希望を与えています。トシなんか気にせず、仲間を作って楽しく生きることが大事なようです。90歳まで歌って踊って過ごせたら、やっぱり「めでたい」のかもしれません。

  ※KBG84の意味は
      K:小浜(こはま)島の
      B:ばあちゃんたちの
      G:合唱団
      84:平均年齢

   https://www.youtube.com/watch?v=3ANQOHRxFwMA

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梶原久美 個展 ご案内

2017/03/14 13:52
梶原久美さんは鹿児島市在住の画家で、わたしの友人でもあります。

彼女の絵の特徴は、なんといってもその「赤」です。桜島をモチーフにした作品には、その強烈な赤が目を引きます。また「青」や「白」が効果的に使われています。

長い画歴をおもちの梶原さんですが、特に2000年以降は、日本のみならず外国でも高い評価を受けて、数々の賞を受賞されています。

このたび、 鹿児島市のギャラリー白樺 1F にて、個展が開かれます。

山形屋デパート向かい・鹿銀横の路地を海に向かって歩く。
山形屋からだと、徒歩5分程度です。

梶原久美 個展 2017.3.31(金)〜4.11(火)

  午前11時〜午後6時。最終日は午後5時まで。
           4月5日(水)は定休日

 ■オープニングパーティ 
   3月31日(金)午後6時30分より

  ギャラリー白樺 場所:鹿児島市泉町14−9
             電話:099-226-4518


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     ※画像をクリックすると拡大します。
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草茫々通信10号 特集〈ひとり〉を生きる―障害・人間・文学―

2017/03/05 16:02
「草茫々通信」は、2010年6月創刊の佐賀発の文化冊子です。

今回ご紹介の10号は、2016年12月28日発行でしたが、管理者多忙のため、ご紹介が遅くなりました。
今号も冊子とはいえ、5部構成で、248ページもあります。 (定価700円+税)

〈障害〉を多角的な視点から取り上げ、充実した内容になっております。
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ご注文、お問合わせの連絡先は、下記をご覧ください。

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特集
  〈ひとり〉を生きる ―障害・人間・文学―


=目次=

1部 道をひらく

 荒井裕樹 『障害と文学「しののめ」から「青い芝の会へ」』高山智樹

   横塚晃一 『母よ! 殺すな』 模土靭
   横田弘 『障害者殺しの思想』  〃
   花田春兆 『1981年の黒船』   〃
   青い芝の会行動綱領と親鸞  太田心海
   映画 「さよならCP」        大歯雄司
   大仏空のマハラバ村       模土靭
   高野信治 『〈障害者〉への眼差し』 片倉日龍雄

2部 ひとりひとりの障害

   北條民雄 『いのちの初夜』 平原奈央子
   詩人・塔和子をたずねる旅  森明香
      全国のハンセン病療養所 (地図)
      村越化石と自選句集 『籠枕』

   津田治子
  大原富枝『忍びてゆかな 小説 津田治子』谷口絹江   

   『津田治子の歌と生涯』 と 『歌人・津田治子』 紹介
   『忍びてゆかな』 の歌を読む   濱崎喜美子
   津田治子と邑楽慎一   坂口博
   松下竜一と伊藤保と神美知宏   新木安利

   戦争と障害
   山崎方代の短歌を読む  香月裕夏乃
        阿木津英『方代を読む』紹介
   井伏鱒二 『遥拝隊長』      槙林滉二
   火野葦平 『悲しき兵隊』     山口謙吾
           解説『悲しき兵隊』/坂口博
   『もうひとつの太平洋戦争』    浅野仁士
   大島渚 「忘れられた皇軍」   古木靖子
   若松孝二 「キャタピラー」    黒岩美智子
   吉屋信子 『底のぬけた柄杓』 松田美奈
   花田春兆 『鬼気の人』      松田美奈
   白井典子 『典子は、今』     山田俊明
   大崎善生 『聖の青春』      久富文雄
   大野更紗 『困っている人』    富崎喜代美
   自著を語る              崎本恵
   豆塚エリの詩            網野杏子
   笹原由理の詩            Seia
      映画 「FAKE」の佐村河内守氏

  書評『日本近・現代文学における知的障害者表象』長野秀樹

3部 ここ、佐賀の地で

   中島虎彦 『障害者の文学』小松義弘

    中島虎彦32首
    吉浦史郎・合瀬智慧・前田ヤス子・西本五十恵/西要子・記
   井手信夫 『闇の底ぬけた』  田中好美

   酒谷愛郷 40句/「酒谷愛郷の世界 静謐な闘い」 模土靭
   八坂孝純 30首/「人美しき 八坂さん点描」 塘健

4部 羽根裕之さんに聞く  インタビュー 八田恵子

5部 〈今〉を生きる

   角岡伸彦『カニは横に歩く―自立障害者の半世紀』畑山敏夫

     荒井裕樹 『生きていく絵』         古賀悦子
     音楽家と障害                 富永みさを
     映画館もバリアフリーへ           重松恵梨子
     「生きづらさ」と文学作品           大矢和世
     『「みんなの学校」が教えてくれたこと』  田原優子

   相模原事件で、今、問われているもの 脇田愉司 

                                      草茫々通信総目次
                                       あとがき

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   ※ 「草茫々通信」のご注文、お問合わせ先。

      〒849-0922
      佐賀市高木瀬東5−12−6  
         書肆草茫々通信 
           八田(やつだ)千恵子   
         電話:0952−31−1608

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生後43日目から…

2017/03/01 23:17
出産から45日目の2月末日まで産後の娘のサポートをして、鹿児島市の自宅に戻った。長いような短いような日々を、赤ん坊の沐浴の補助・炊事・洗濯・掃除・3歳児(孫)の保育園への送迎、食材の買い物等々、主婦業に明け暮れた。いざ終ると名残惜しいような気もしたが、奉公が終わったような、解放された心境にもなった。

娘ではなく息子をもっていたら、ここまで産後のサポートをしなくてもいいのかもしれないが、娘だと、やっぱり産後は赤ん坊の世話だけでも大変だから、早く体力を回復してほしいと親心が働く。産後の体が完全に元に戻るのには6カ月はかかる。孫も可愛いけれど、わが娘も可愛いのである。

2.5キログラムと小さめに生まれた孫だったが、もう頬っぺたはふくらみ、お尻や太ももにも肉がついて、抱き上げるときにはずっしりと重くなった。頭を片手で支え、もう一方の手でお尻をささえて、ヨイショという感じで抱き上げる。おっぱいを飲んで、泣いて、出して、眠って、ひたすらその繰り返しが続く中で、赤ん坊は成長していく。

その成長ぶりを見ていると、人間の進化の過程を凝縮して見ているようだ。目に見えるものを追い、音のするほうに首をめぐらし、オムツが汚れれば泣いて知らせ、新しいオムツに替えてあげると気持ちよさそうにすっきりした顔をしてみせる。抱っこしている人の顔を、じっと見つめる。

ほぼ3時間おきの授乳間隔が、夜の間は4時間くらいあくようになり、これが5時間ぐらいになれば、母親も少しはゆっくり眠れるようになるが、生後1カ月ほどは、本当に眠る間もないほど母親は赤ん坊にかかりきりだ。偉そうな顔してテレビに出ている人たちだって、みんなオムツをして泣いて、母親に世話を焼かせてきたんだなと思って、彼等を眺める。

わたし自身も2人子どもを産んで育てたが、陣痛の苦しみとか生まれてからの大変さとかは、あんまり覚えていない。たぶん赤ん坊の成長の喜びのほうが大きくて、辛さとかは忘れるようにできているのだろう。わたしが赤ん坊を育てていた40年ほど前は、布おむつが主流だった。紙オムツもあったが、2人とも布おむつで育てた。ベランダには放射状に広がった丸型の物干しに、昼夜おむつがはためいていた。

おむつ1組は2枚を組み合わせて使い、保育園へは5組ほど持って行った。それに着替えなど赤ん坊のものだけでも大きな荷物になり、自分の荷物もある。それを持ってさらに赤ん坊をだっこして、満員の通勤バスに乗る。ある日「もうこんな生活は嫌だ!」と切れた。娘のお迎えを夫に頼み、夕方から自動車学校に通って免許を取って、車で通勤するようになった。

保育園といえば、思うことがある。わたしはフルタイムで働いていたため、2人の娘たちは0歳児から保育園に預けていた。もっと厳密に言えば生後7週目から無認可保育園に預けて、そして次の4月から認可保育所に入れるというパターンだった。当時、事務職の女性は産前・産後、各6週間と法律で決まっていたからである。

ただし産前については強制ではなかったため、年度末の忙しい時期と臨月が重なり、ぎりぎりまで働いて、産休に入って1週間目に出産するはめになった。そのとき生まれた子が、今回サポートした娘である。わたしの娘たちも仕事を持っているが、産休のあとは育児休暇を取って、4月の認可保育園の入所まで自宅で子育てに専念する。そこが40年前のわたしと大いに違うところで、働く女性をとりまく環境は大いに進歩したと感じている。

わが娘たちは産後6週間=42日間は家に居て、首もすわらぬ43日目から無認可保育所へ。同時にわたしは仕事に復帰した。当時外で働く女性たちはみなそうだった。わたしが産後の娘のサポートを精一杯したいと思うのは、法律で決まっていたこととはいえ、生後43日目から自分の手で十分に面倒をみれなかった娘たちへの、せめてもの罪滅ぼしの気持ちもあるのだ。

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3歳児

2017/01/18 14:31
昨年秋の誕生日で3歳になった孫に、先日、妹が生まれた。この世に誕生してほんの数日の、嬰児(みどりご)だ。ただいま無職のおばあちゃん=わたしは、3歳児孫の世話と産後の娘の支援のために、いま福岡市博多区の娘夫婦宅に滞在している。


孫は保育園に通っているので、朝8時頃に起きて、食事をして、着替えて、9時頃には園まで歩いて行く。夕方はいつもより早めに迎えに行って、バスで数停先の病院へ、ママと赤ちゃんに会いに行く生活が続いている。あと数日すれば週末にはパパさんが戻るし、ママも退院するので、おばあちゃんとしてはヤレヤレと一安心だ。

パパ・ママから、お姉ちゃんになったのだから、とか、おりこうさんにしていたら、ご褒美を買ってあげるよ、なんて言い含められて、ともかくおばあちゃんとの生活が静かに始まった。女の子なので、手に負えないほど走り回ったり、危ないことはしないので、体力的には楽である。

割と聞き分けがよくて我慢強いけれど、その分、たまったものがワーッと出たりするとか、孫の意見を聞かずに事を進めると大変だから、行くか戻るか、イエスかノウか、先に決めさせてから行動したほうが、割とすんなり物事が進むとパパさんのアドバイスもあった。

3歳2ヵ月とはいえ、こちらの話もだいたい理解してくれるし、トイレも自分でできる。着替えもちょっと手を貸してやればよく、靴下も靴も自分で着脱したがるので、確認のチェックをして終わり。その日に着ていく服や、大好きなアニメのDVDも自分で選ぶ。3歳児はけっこう出来るのだ。

赤ちゃんとは何度も対面している。ガラス張りの向こうの部屋には、ママの名前と生年月日・体重・身長などを書いたプレートの場所に、赤ん坊がずらりと並んでいて見分けがつくようになっている。眠っていたり、泣いていたり、手足をバタバタさせていたり、新しい命を感じることができる。

どうして赤ちゃんは泣いてるの? どうして赤ちゃんはアンヨできないの? 等々、孫の「どうして?」の質問攻めが始まる。赤ちゃんたちの動きに一喜一憂していた孫も、帰る時間が来た。ママの言いつけ通りに、おとなしく防寒用の上着を着て、スリッパを靴に履き替え、病院の玄関から数歩外に出た。

ところがそこで立ち止まって、動かない。「行くよ」と言っても首を振る。ここで強いことを言うと、むくれて事態が悪化するので、じっと我慢。孫はじっと佇んでいる。ダダはこねないが、いろいろ思っているらしく、行くよと催促すると、靴で地面を鳴らし、拒否の意思表示をして睨みつける。「おばあちゃんに何か言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってごらん?」と言うと、

「ママがいい〜」と、それだけ繰り返して大泣き。我慢していたのだろう。昼間は保育園で、それ以外はママと一緒の生活が一変したのだから無理もない。ここはおばあちゃんではダメなので、また病室へ戻ってママの膝で甘えさせて、1時間遅れでやっと帰ることができた。孫にとっての試練だけど、帰ってきたらママは赤ん坊に取られるから、更なる試練の日々が待っているんだよ。3歳児の成長過程を目撃しながらの、新鮮な毎日だ。

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