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一樹の蔭、一河の流れ

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一樹の蔭、一河の流れ
ブログ紹介
文芸サイト「文学夢街道」管理人の杉山武子です。
実りある60代をめざして、読書・映画・旅行など日々の活動から思うこと感じることを書いて、水曜日にアップしています。
ブログ名は平家物語の「一樹の蔭に宿るも前世の契り浅からず、同じ流れにむすぶも他生の縁なほ深し」に由来しています。
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ザビエル教会コンサート

2017/07/26 20:07
毎年楽しみにしている音楽祭が2つあります。1つは春の大型連休中に東京の有楽町駅にほど近い、東京国際フォーラムを中心会場として開催される「ラフォルジュルネ・オ・ジャポン」です。約10年ほど前から、東京在住の娘と行くようになったのが始まりです。

5月3日から3日間、朝から晩まで1プログラムが45分、交響曲ならちょうど1作品ほどの長さなので、料金もリーズナブルです。プログラムがネットに発表されると好きな楽曲や演奏者をチェックして、早めに購入。当日は朝からはしごで1日3〜4のプログラムを楽しみます。

その娘も結婚し子どもも生まれたので、最近は時間やプログラムを合わせて一緒に行動するのは難しくなり、もっぱら別行動で一人で楽しむようになりました。もう1つは、地元鹿児島で毎年夏に行われる「霧島国際音楽祭」。現在開催中で今年は第38回となる歴史ある音楽祭です。

鹿児島に移住した17年前にこの音楽祭のことを知り、こちらも複数のプログラムを選んで出掛けます。メイン会場は自然豊かな霧島市にある「みやまコンセール」。鹿児島市の中心部からは車で約1時間かかり、会場まで臨時バスが運行される場合もありますが、やや不便です。

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メイン会場だけでなく、鹿児島市内の宝山ホールやザビエル教会でもコンサートが開かれますので、最近はもっぱら往復に時間のかからない近場の会場のほうに行くようになりました。今年はその第一弾として、25日昼のザビエル教会コンサートに行ってきました。

鈴木優人さんと新国立劇場合唱団アンサンブル8名による、〜;教会で聴くオルガン、合唱の響き〜と題した公演でした。鈴木優人さんはオルガン、ピアノ等の鍵盤奏者であり、指揮や作曲もされる才能豊かな方で、昨年もザビエル教会コンサートに出演されました。

ザビエル教会は鹿児島市の繁華街である天文館に程近い場所にあります。正式名称は鹿児島カテドラル・ザビエル記念聖堂(Kagoshima St. Xavier's Cathedral )で、カトリック教会です。教会の向かい側にはザビエルの鹿児島上陸を記念したザビエル公園があります。

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   開演前の教会内部(2階より)

この教会の建物は3代目で、最初は1908年に石造りの立派な聖堂でしたが1945年4月8日の大空襲で焼失。その後ローマの寄付で木造聖堂が再建され、1999年にはザビエル渡来450年を記念して現在のコンクリート聖堂になったという歴史があるようです。パイプオルガンはスウェーデンのチュール社製とのことです。

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   2階にあるパイプオルガン

私はキリスト教の信者ではありませんが、鹿児島に移住した直後から数年間はパイプオルガンを習っていたので、この教会にもオルガニストの演奏を聴きに何度か通ったことがあります。教会で聴くオルガンと聖歌の響きは、信仰心をいや増す効果があるように思いますが、私は純粋に音楽としてバッハなどの教会音楽を楽しんでいます。

今回の公演で出色だったのは、鈴木優人さん作曲の「アポカリプシス 2」。2006年にドイツのワイマールで初演された、8人の無伴奏混声アンサンブルのための作品で、『ヨハネの黙示録』の一部がテクストなのだとか。歌詞の意味はわかりませんが、一種独特の力強い混声の掛け合いがアカペラで歌われ、日本初演というその独創的な全曲を、作曲者本人の指揮で聴けたのは幸運なひとときでした。

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忙中閑あり

2017/07/14 15:38
梅雨末期には大雨になることが多いですね。福岡県朝倉市とその周辺、大分県日田市などの災害地の皆様に心よりお見舞い申し上げます。きょうはまた愛知県内に大雨による洪水警報が出て、犬山市では全域避難指示が出ているようです。ご安全を祈ります。

わたしの住む鹿児島でも、つい数日前、震度5強の地震があり、びっくりしました。幸い揺れた時間が短く、鹿児島市街地は震度4強程度の揺れでしたので、特に大きな被害もなく、ビルのエレベータが数時間停止する程度で、夕方には復旧しました。

義母の介護があるので、遠出の旅行は控えていますが、義母がデイサービスを利用する毎週水曜・木曜にかけての1泊2日は、外出日和です。義母の体調もいいので、今週の水・木は夫婦で福岡へ遊びに行きました。忙しさの中にも、その気になれば時間は見つかるものです。

鹿児島中央駅から新幹線に乗り、約1時間半で博多着。水曜(12日)夜はヤフオクドームへ、ソフトバンク対楽天の野球観戦に行きました。約1年ぶりのヤフオクドームです。
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   路地奥に見えるヤフオクドーム

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  ヤフオクドーム内(3塁側席より)

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     同上

その夜はドーム近くのホテルに泊まり、翌朝、すぐ近くにある平野神社にお参りしました。この場所で生れた福岡藩の平野國臣をまつる神社です。平野國臣は幕末の勤王志士として知られています。武術や国学に優れていましたが、脱藩して尊王攘夷運動に身を投じ、37歳の若さで京都で刑死しました。

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  境内の追慕碑(左手)と歌碑(右手)

黒御影石に刻まれた歌碑には「我胸の燃ゆる思ひにくらぶれば烟ハうすし桜島山」とあります。烟は「けむり」 です。この歌の意味ですが、薩摩に何度か足を運んでいる平野が、自分に比べて薩摩藩士にあまり勤皇の精神がないことを感じ、詠んだものだとも言われています。

その後、地下鉄で博多駅へ移動。博多駅にある飾り山を見ました。飾り山は裏表にありますが、写真はメインの表のほうです。これらの飾りは博多人形師たちの手で作られます。

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十七番山笠のお題は「奇襲一ノ谷合戦」でした。表面は主に歴史に材を取り、裏面は現代のアニメのキャラクターなど、子どもたちが楽しめる飾り山になっています。

ちょうど博多の町では櫛田神社の祭事である「博多祇園山笠」が行われており、15日早朝行われる「追い山」に向けて、12日の「追い山ならし」をTV中継で見ることが出来ました。福岡市には長年住んでいたので、子どもたちと早朝に行われる「追い山」を見に行ったことが思い出されました。

「博多祇園山笠」は、勇壮かつ迫力のある男の祭りで、一度リアルに見たらわくわくドキドキ感が止まりません。感動でやみつきになるお祭りです。いよいよあす早朝に、「追い山」が行われます。

飾り山を見た後は、博多駅近くに住む次女宅へ寄り、今年正月に生れた孫の成長ぶりをみて、帰途につきました。

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ブログ開設12周年

2017/07/05 17:37
2000年1月1日に自分のホームページを立ち上げ、翌年3月からはメールマガジン「僕らはみんな生きている!」を創刊して、毎週水曜日に配信を始めました。以後10数年間、4カ所のメルマガスタンドから発行を続け、時々充電期間と称して1〜2カ月お休みしながら、この数年は発行回数を隔週に減らして何とか発行を続けております。

これもひとえに読者の皆様あってのことだと、感謝いたしております。長きにわたって本当にありがとうございます。このメールマガジンは無料ですが、購読を希望されてメールアドレスを登録された方のみに配信されるシステムです。

その後、2005年ころから「ブログ」というツールが登場して、誰でも簡単にネット上に文章を書くことが出来、誰でも自由に読めるという時代になりました。私もこれは便利だと思い、さっそくメールマガジンで配信したものを、さらにブログで読めるように「一樹の蔭、一河の流れ」と題して始めました。それがちょうど12年前、2005年7月5日のことでした。

それから丸12年がたち、きょうからブログ開設13年目、メールマガジン創刊からだと16年目に入っております。メールマガジンが300回、500回など切りの良い数字になるときに、何度かもう止めようかと思いましたが、読者の方からの励ましなどもあって何とか続いております。

メールマガジンの読者はその後増えず減らずの、横ばいの状態が続いておりますが、ブログのほうで読んでおられる読者さんもおられることと思い、「ブログ開設12周年」と題して、これまでの記事を振り返ることにしました。どれか興味のある記事を再読していただければ嬉しいです。

最初に書いた記事は "少年たちを見る目" でした。
  http://bronte.at.webry.info/200507/article_1.html

2年目は "島原の夏草"
  http://bronte.at.webry.info/200607/article_1.html

3年目は "白夜行 〜北欧見たまま〜(2)"
  http://bronte.at.webry.info/200707/article_2.html

4年目は "こんなふうに映画を観てきた"
  http://bronte.at.webry.info/200807/article_2.html

5年目は "ウルムチ滞在で見たもの"
  http://bronte.at.webry.info/200907/article_2.html

6年目は "言葉のパワー"
  http://bronte.at.webry.info/201007/article_1.html

7年目は "ユートピアのあと始末"
  http://bronte.at.webry.info/201107/article_1.html

8年目は "腹の虫 "
  http://bronte.at.webry.info/201207/article_2.html

9年目は "星の大河"
  http://bronte.at.webry.info/201307/article_2.html

10年目は "真夏の東京散歩"
  http://bronte.at.webry.info/201408/article_1.html

11年目は "明治日本の産業革命遺産"
  http://bronte.at.webry.info/201507/article_1.html

12年目は "見えない世界"
  http://bronte.at.webry.info/201607/article_1.html

そしてきょうはブログでは13年目、メールマガジンとしては16年と5か月、682回目の配信となります。当初は原稿用紙換算で毎回5〜6枚書いていましたが、その後、長すぎるというご意見もあり4枚強程度に短くしました。また朝の通勤時に読んでいるという方も多いことが分かり、暗い話や悲しい話は書かないように心がけています。

現在は更にフェイスブックやツイッターなど、もっとリアルタイムに情報を発信するツールが登場していますが、私は利用しておりません。そこまで個人のことを発信する必要性を感じないことと、それに取られる時間が惜しいというか煩わしくて、自分のライフスタイルに合わないからです。

このまま続けたら、再来年には古希となり、10年後は生きているのかどうかさえ定かではありませんが、あまり欲張らずに健康に留意して、ぼちぼち・こつこつと書いていこうと思っております。今後ともよろしくお願い致します。

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梅雨の晴れ間の桜島

2017/06/29 22:49
きょうの天気予報は、雨模様のはずでしたが、重苦しく垂れこめていた雨雲が夕刻になるにつれてすっかり退き、数日ぶりに天高い青空が広がりました。桜島の山頂には、珍しく雲が乗っかっています。

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     2017年6月29日 午後6時ころ

上の写真を撮って約1時間後は・・・(下の写真)

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午後7時過ぎでもまだ十分明るいです。



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三感王

2017/06/21 21:30
野球の三冠王なら知っているが、三感王とは初めて聞く言葉だった。これは先日の朝、NHKテレビを見ていたら、ゲストで出演していた加山雄三さんの話の中に出てきたもので、自分が大切にしている言葉は「三感王」だと。どんな字を書くかというと、「感心」「感動」「感謝」の3つ。

加山雄三さんといえば映画の「若大将シリーズ」がヒットし、シンガーソングライター、ギタリスト、ウクレレ奏者、ピアニスト、作曲もされるマルチタレントだ。今年で80歳とは思えない張りのある歌声といでたちで、最近もコンサート活動をされているという。

加山さんの座右の銘である「三感王」は、元々はユニー株式会社の創業者・西川氏が使われていた言葉らしい。感心、感動、感謝の三つを合わせたものが「人生の三感王」で、「豊かな心、一流の心を持った人材を育成しよう」という意味が込められているそうだ。

「感心」感心する心、
「感動」感動する心を持つ。
「感謝」感謝の心を忘れない。

人間いくつになっても、何事にも関心を持って感心する心、感動する心、感謝する心。これを失わずにいることで、いつも若々しい気持ちで活動していると加山さんは「三感王」の言葉の持つ意味を披露された。いい言葉だなと思い、すぐにメモ用紙に書き留めた。

もう一つ、加山さんが披露されたものがノートだった。「三感王」にあるように、何事にも関心を持ち、それを聞き流さずにきちんと調べて、メモというより図入りでノートに書き留めてある。そのノートの数ページが拡大写真で画面に映し出されたが、見てびっくり仰天した。

アインシュタインの方程式、宇宙論、量子重力理論などが図解入りで詳細に書いてある。理系なのかと思いきや、別のページには、「日本画家の五山と言われる人たち」という見出しの下に、「平山郁夫、加山又造、杉山寧(ヤスシ)、高山辰雄、東山魁夷(カイイ)」と記されている。それこそ感動もののノートだった。

また別のページには、「砂糖の種類」という見出しの下に、

 一番糖    肉じゃが等 深く煮込まないものに
 三温糖    煮物
 グラニュー糖 おかし、ケーキ、酢のもの
 黒砂糖    あなごなどのたれにむいている

とあり、その下には「北海道で食べたもの だいたいこんな感じ」とあり、その下に1・2・3…と素材や料理の方法をメモしてある。また別のページには、絵画で使うカンバスの大きさを示す号について、10号のタテ・ヨコの寸法を絵入りで書くなど、とにかく内容が多岐にわたり、関心を持ったものについてジャンルを問わず書いてあるノートだった。

わたしも日常生活や読書で気になる言葉や事柄が出てきたら、メモを取る習慣はあるが、加山さんの足元にも及ばないと大いに反省した。そこで加山さんを真似て、さっそく小型のノートを用意。日々気になる言葉を書き留め、さらに調べて補足して、1ページに1項目を書くようにした。

この1週間で書いたのは、・ウナギ職人の世界には「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」という言葉がある。・結婚は人生の墓場。この言葉の由来。・馬には乗ってみろ、人には添うてみろ、の意味。・総領の甚六の意味。・日本の4大関所の場所と名前。・入り鉄砲と出女の意味…と、気になった言葉をメモして調べて書いているが、要は継続することが肝要かなと…。

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ストロベリー・ムーン

2017/06/09 20:15
きょう6月9日は満月です。ネイティブアメリカンは夏至に近いこの時期の満月を「ストロベリームーン」と呼ぶそうです。この時期はストロベリーの収穫時期ということもあり、この名前がついているそうです。

ストロベリームーンは年に1回しか見ることが出来ず、夏至の時期に満月がイチゴのように赤い色になる現象で、今年はきょうがその日なのです。ストロベリームーンは、縁結びの効果があるともいわれています。
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  6月9日19時46分 自宅より撮影


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  6月9日19時59分 自宅より撮影 左は桜島

実物を肉眼で見ると、確かに赤っぽいいろをしていましたが、スマホの写真では、実際の赤い色目は出ていなくて、白っぽくて残念です。けれど年に1度のストロベリー・ムーンということで、アップします。
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人生のスパイス

2017/06/08 15:14
先月も蛍に関する俳句やエッセイを取り上げて書きましたが、なぜかまだ蛍のことが書き足りなくて、今回も蛍に関する俳句を鑑賞したいと思います。というのも、わたしはずっと以前から、短歌よりも俳句のほうに惹かれてきました。あの17文字という短さの中に、無限大の宇宙というか表現を取り込むことのできる俳句の世界に、憧れるのです。

最近知人に誘われて、とある先生の俳句の教室を見学に行き、俳句の歴史や現代俳句というものについてレクチャーを受けて、とても勉強になりました。俳句には大きく分けて、季語を入れる有季俳句と、季語を入れない無季俳句があり、最近は自由律俳句もあると知ったのは収穫でした。

それはさておき、ここに紹介するのは「蛍」が登場する俳句です。わたしの手元にある句集の中から選びました。作者名のあとに、その人の生年と没年を示しますので、作句のだいたいの時代が分かると思います。

・手のうえにかなしく消ゆる蛍かな
        向井去来(1651〜1704)

・梧(きり)の葉に光広げる蛍かな
        服部土芳(どほう)(1657〜1730)

・直(すぐ)に来た池の蛍や縁の露  
        内藤丈草(じょうそう)(1662〜1704)

・うつす手に光る蛍や指のまた
        炭(たん)太祗(たいぎ)(1709〜1771) 

・さびしさや一尺消えてゆくほたる
        立花北枝(ほくし)(?〜1718)

・子は寝入り蛍は草に放ちけり
        正岡子規(1867〜1902)

・蛍這(は)へる葉裏に水の迅さかな
        長谷川零余子(れいよし)(1886〜1928)

・親一人子一人蛍光けり
        久保田万太郎(1889〜1963)

・光洩るその手の蛍貰ひけり
        中村汀女(1900〜1988)

・銀行員等朝より蛍光す烏賊(いか)のごとく
        金子兜太(とうた)(1919〜 )

これらの句は江戸時代初期から現代まで、300年以上の時間の幅があります。時代は江戸から明治、大正、昭和、平成と移り変わっていますが、蛍はむかしのままでしょうし、蛍に対する日本人の感受性も、ここにあげた俳句をみ
る限り、そんなに変化はないように思います。

この300年以上にわたる時代の流れで、わたしたちを取り巻く生活様式や文物やインフラ等は、雲泥の差といえるほど発達し、変化しました。しかしそんな中で変わらぬものがあるとしたら、四季の変化を楽しみ、愛で、自然との関わりを大切にする日本人の感受性が、いまも保たれていることではないでしょうか。

俳句から季語をなくした無季俳句が進むと、川柳と同じといわれ、さらに五七五にとらわれない自由律俳句でいいじゃないか、という人も出てくるそうです。日本古来の詩歌の伝統を受け継いで成立した俳句ですが、素人でも簡単に作れることから、≪大家と素人の区別もつかぬ第二芸術に過ぎない≫(桑原武夫)という、否定的な意見もあります。

しかし日本語の持つ五・七・五のリズミカルな泊を活かして作る俳句や川柳は、誰でも作れるところがミソだと思います。某保険会社が毎年行う「サラリーマン川柳」は第30回を迎えるそうですが、芸術性云々よりも、気軽に作って楽しんで人を笑わすことができる点で、支持を得ているのだと思います。五七五は人生を楽しむ、素敵なスパイスになり得るのではないでしょうか。

  ※引用文献 『名俳句 1000』佐川和夫篇
         彩図社 平成14年2月1日発行

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