アクセスカウンタ

一樹の蔭、一河の流れ

プロフィール

ブログ名
一樹の蔭、一河の流れ
ブログ紹介
文芸サイト「文学夢街道」管理人の杉山武子です。
実りある60代をめざして、読書・映画・旅行など日々の活動から思うこと感じることを書いて、水曜日にアップしています。
ブログ名は平家物語の「一樹の蔭に宿るも前世の契り浅からず、同じ流れにむすぶも他生の縁なほ深し」に由来しています。
どうぞよろしく! 
(メールマガジン【僕らはみんな生きている!】でも配信中)
メルマガ配信登録は、こちらからどうぞ。
  http://www5a.biglobe.ne.jp/~takeko/melmaga.htm
 
zoom RSS

冠雪したきょうの桜島 

2018/01/11 10:44
きょうの鹿児島市の天気予報には、雲と雪ダルマだけの珍しいマークがついています。つまり曇り時々雪、明日は雪のち晴れの予報です。

昨日から気温が下がり、強い北風が吹き募っていました。南国鹿児島がこんなに寒いというのは、北の方ではもっともっと寒いはずです。鹿児島がいくら寒いと言っても、氷点下になることはほぼないことです。もっとも、鹿児島県の北部盆地に位置する大口市とその周辺は、「鹿児島の北海道」と呼ばれるくらい寒く、氷点下になったり積雪もみられるほどです。

どんよりと垂れ込める雲間をぬって、冠雪した桜島が姿を見せてくれましたので、今日の桜島を撮りました。5合目あたりまで冠雪しています。
※写真をクリックすると拡大します。

画像
     1月11日 午前9時10分撮影

画像
       1月11日 午前9時11分撮影

画像
     1月11日 午前9時34分撮影

風が強いせいか雲の動きが早く、お天気は刻々と変化します。晴れたかと思うと、たちまち厚い雲に覆われたり。あすの鹿児島市の気温も、最高が5度、最低が2度と、この冬最強の寒さです。

実は明日、大切な用事があって朝の早めの飛行機で上京する予定があるのですが、無事に行けるかどうか心配です。リムジンバスの走る高速道路は大丈夫かなと心配したり…。南国なだけに雪にはめっぽう弱く、交通事情も乱れがちなのです。

   ♪ 管理者ウェブサイト 「杉山武子の文学夢街道」 

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


『武士の家計簿』はタイムカプセル

2018/01/10 00:17
昨年末から年初にかけて、暇をみては新書を読んでいた。それは磯田道史著『武士の家計簿』(新潮新書)というノンフィクションで、2010年に、これを原作にした映画「武士の家計簿」が公開されたので観られた方もおられると思う。

副題に<「加賀藩御算用者」の幕末維新>とあるように、加賀藩の下級武士で藩の会計担当を長く務めて活躍した猪山家の父と息子による、約37年間にわたるお金の出入りを記録した家計簿を分析した労作だ。37年というのは、天保13年(1842)から明治12年(1879)に至る時代にあたる。

この間は幕末から明治維新を挟んでおり、幕末の武士・猪山家が明治士族になるまでの完璧な家計簿なのだという。著者の磯田さんはこれを2001年に神田神保町の古書店発行の「目録」で見つけ、「売れていない」と知るや現金を手に地下鉄に飛び乗り、古書店に駆け付けたのだという。

入手した古文書の中には、家族の書簡や日記も含まれており、それらを読み解き調べるにつれ、猪山家の経験した歴史がだんだんと浮かび上がってきたそうだ。探し求めていた武士の家計簿を見つけたときの著者の喜びと、その後の古文書との格闘ぶりが文面から伺える。

第一章「加賀百万石のソロバン係」から一部を引用すると

  国家というものは、その時代ごとに「最も金を喰う部門」
  を持っている。江戸時代でいえば大奥。近代になると海
  軍である。これらは維持するのに、とにかく金がかかり、
  国家予算が湯水のごとく流れ出る。

  猪山家のおもしろさは、その卓越した経理の才能を買
  われて、江戸時代には大奥からきた姫君のソロバン役
  をまかせられ、近代になると、今度は海軍に配属されて、
  やはりソロバン役を務めることである。猪山家が新政府
  の大村益次郎の目にとまって兵部省にはいり、主計の
  トップとして海軍の経理を一手に引き受けた。


こうして「姫君様のソロバン役」を皮切りに、親から子、孫へと会計処理という特技を生かして明治新政府になっても重要な地位を得ていく様子が、家庭内のお金の流れを記す詳細な「家計簿」を基に解き明かされていく。

昨今の大河ドラマは、一応歴史を下敷きにはしていても、内容を面白おかしくするためにフィクションが盛り込まれているから、史実とは思い込まないほうが賢明だ。それにくらべると、この本のように原資料に当たって書かれている記述のほうが、よほど歴史の勉強になるしドラマティックだ。(個人の感想です)

詳しくは紹介しないが、家計簿から見た武家女性についての記述が興味深い。猪山家から嫁いだ娘たちは実家との絆が強く、10年たっても父や兄から「小遣い」を毎年貰っていたという。そればかりか夫と妻の財産は別会計で、無利子で夫が妻から借金した記録もあるという。

江戸時代の結婚は、寿命の関係で「死別」になる場合が多く、離婚も多かったことから、いつ別れてもいいように夫婦の財産はきっちり別になっていたのではと著者は述べている。また離縁してもすぐに再婚しているし、武家女性の封建的なイメージと実態とは「随分ちがう」と分析している。武士の家計簿は、176〜139年前の時代の詰まったタイムカプセルだった。

 ※参考図書 新潮新書:磯田道史著:680円、2003年発行
         『武士の家計簿』「加賀藩御算用者」の幕末維新

 ♪ 管理者ウェブサイト 「杉山武子の文学夢街道」

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 2


文化冊子「草茫々通信」11号が出ました

2018/01/03 20:51
佐賀発の文化冊子「草茫々通信」11号が刊行されました。

冊子とはいいながら、堂々の292ページ、単行本並みのボリュームがあります。

今号の特集は

戦争の時代を経て書く 
   ――宮地嘉六・三好十郎・富永寒四郎・田中艸太郎――



ここに取り上げられた4名は、明治あるいは大正時代に佐賀県で生まれ、戦争の時代を生き延びて戦後書き続けた文学者たちです。
※画像をクリックすると拡大します

画像
            表紙

画像
             裏表紙

目次は次の通りです。

宮地嘉六を読む 2
  模土靭・有馬学・大矢和世・浦田義和・大和田茂・秦重雄・槙林滉二

三好十郎を読む 86
  上村聡史・小川祥平・多々良友博・脇田愉司・高栖憲×野中耕介

富永寒四郎を読む 150
  宇多喜代子・Seia・松田美奈・草市潤・筒井ガンコ堂

田中艸太郎を読む 226
  長野秀樹・坂口博・島内真知子・杉山武子・富永みさを・舟一朝・
  宮原香苗・平尾洋美


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 文化冊子「草茫々通信」11号を購入希望の方は、下記へお申し込みください。
 1冊700円です。
 
 〒849-0922
 佐賀市高木瀬東5−12−6

 書肆草茫々 八田 千恵子

 電話:0952−31−1608 
  


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なお「田中艸太郎を読む」の部分に、わたし杉山も書かせていただいています。
  
映画・ドラマ・アニメ・動画など、動くもの・売れるものが手っ取り早く人々にもてはやされる時代ではありますが、そういう中であえて「文字で書かれたものを読み、文字によって伝える」というスタイルを貫いているのが『草茫々通信』です。

書肆草茫々主人である八田千恵子さんが創刊・編集・発行され、地形・歴史を含む「風土」へ目線を注ぎ、幅広い視点から検証し、良質の文化冊子としてまとめて世に送り続けておられます。

彼女の言葉を借りれば「私(たち)が歩んでいるこの道は、どういう方たちが切り開いたのだろう、この道を通る私(たち)は、どう生きているのだろう」という思いから出発した、その心意気に敬意を表し、情熱の結晶ともいうべき「文化冊子・草茫々通信」を知っていただきたく、毎号ご紹介しています。

   ♪ 管理者ウェブサイト 「杉山武子の文学夢街道」

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


われにきびしく・うそつかず 

2017/12/27 21:36
数年前に前期高齢者の仲間入りをして、わたしもいよいよ老人の仲間入りかと観念した。自分では体力的には10年前とさほど変わっていないと思っているので、年を取ったという実感がない。ただ、鏡を見れば、う〜ん、ほうれい線や細かい皺やシミが目につき、気分が悪くなる。えい、塗って隠しちゃえ。

10年ほど前、人間ドックを受けたときに血圧が高めと言われた。とはいえ特に何の自覚症状もないので放っておいたが、高校の同級生(女性)が脳梗塞で倒れ、手足が不自由になったと聞いてから考えた。高齢の姑さんの介護があるし孫たちの成長も見届けたいから、自分が病気している場合ではないやと。

それで近くの内科クリニックのT先生を、かかりつけ医に決めた。何かあったときにすぐに駆け込める医院があったほうが安心である。そこの院長先生は哲学と歴史が好きらしく、待合室には週刊誌と並んで歴史や哲学めいた本や雑誌が山ほど並んでいる。

血圧のクスリを飲み続けることに抵抗があったが、T先生の話を聴いて納得するところがあり、いまは一番弱い薬を処方してもらっている。先日、1カ月分のクスリを貰いに行った。診察前の血圧測定は普通だし、どこか具合が悪いわけではないのでしばし雑談になった。

「世界中の人たちが幸福になる方法を考えましたよ」と先生は印刷した紙を取り出し、「われにきびしく・うそつかず」これさえ守ればいいんです。「ところがいまの国会を見ていると、あれは病気ですね」と。議員たちは選挙で勝った人たちだけど、「われにやさしく・ひとにきびしく、うそをつくから・みんなが争い・社会は病気ですよ」と。

そうならないための方法として、先生の手元の紙には「われにきびしく・ひとにやさしく・うそつかず・みんなが調和し幸せに。みんなの範囲をよりひろく。世界平和・地球調和。人間・社会・自然の健康・調和・永続のために」などと書いてあった。

毎日毎日、朝から夕方まで患者を診ておられるT先生。たぶん医師歴45年くらいではないだろうか。医師の仕事は直接には患者の病気を治すことだけれど、もっと広く世界が平和であり、人間・社会・自然が健康で調和するのでなければ意味がない、と説かれるのだった。

平和とか人間と自然の調和などという言葉は、得てして美し過ぎて、いまのわたしたちには実現不可能な「絵に描いた餅」のように聞こえてしまう。世界のどこかで、いつの時代も、国や民族同士の争いごとが絶えたことがないように、そんな夢みたいなことをと大人は現実的に思いがちだ。

T先生は、われにきびしく・ひとにやさしく・うそつかず、などの教えは、幼児のころから教育しないと身につかないとも言われた。確かに大人になるほど理想を口にしなくなり、そのような行いをする人は少なくなっていく気がする。ただ、理想というのはそれに向かっていくための道標なのだと思う。

というのも孫が4人に増えて、この子たちが20歳になるまでは見届けたとしても、30年後、40年後はどんな社会になっているのだろうかと、文字通り老婆心ながら気になる。わたしたちの世代は平和の中で一生を終えるかもしれないが、それと同じかそれ以上のものを大人は後世に残せるのだろうか。T医師の話を聴きながら考えさせられた年の瀬だった。

 ♪ 管理者ウェブサイト 「杉山武子の文学夢街道」 
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 6


ゴッホ 最期の手紙

2017/12/14 20:05
今年の秋だったと思う。テレビで「ゴッホ」を主人公にした映画がヨーロッパで完成したこと、その映画には作画に日本人の女性画家が参加していることなどを伝えていた。家事をしながらテレビを見たり聞いたりだったので、あまり正確に内容を把握しないままだった。

ちょっと時間ができると、何かいい映画をやっていないかなと、映画館の上映情報をチェックするが、その中に「ゴッホ 最期の手紙」があった。テレビで紹介していたのはこの映画のことだったのかなと思い、平日の、朝一番の上映回に出かけた。

画像
   パンフレット表紙

「ひまわり」「星月夜」などで知られる印象派の画家フィンセント・ファン・ゴッホは日本人に人気のある画家で、浮世絵に大きな影響を受けたことでも知られる。弟テオの献身的な援助に支えられながら絵を描くが、ゴーギャンとの共同生活が破綻し、精神を病んで自分の耳を切り落としたことは有名な逸話だ。

映画は字幕版と吹替版があったので、迷わず字幕版にした。テレビに出ていた女性画家さんが、膨大な量の油絵を描き続けた苦労話などをしていたことを思い出し、それはゴッホの絵が登場するときに使う模写だろう、ぐらいに思っていた。

そしていよいよ上映開始。300席くらいはある劇場内に、観客はたったの3人。いきなりゴッホの絵そのままの風景の中を、絵の登場人物が動き回って始まった。一瞬、「え?」と思った。映画は、ゴッホの油絵のタッチで描かれたアニメーションだった。そうとは知らずに観に行ったのでびっくり。

最初はチラチラする画面に戸惑ったが、目が慣れて来ると面白い手法の映画だなと、のめり込んでいった。ゴッホの名画の数々を背景にしながら、37歳で短銃自殺したゴッホの死の謎を解き明かしていくという、サスペンスドラマに仕立てられていた。1秒につき12枚の油絵で構成されているという。

簡単にあらすじを紹介すると、物語はゴッホが死んだ翌年から始まる。郵便配達人ルーランの息子アルマンは、父から自殺したゴッホが弟テオに宛てた最期の手紙を配達するよう頼まれ、パリへ向かう。アルマンは旅をしながらゴッホの知人と会って話を聴くうち、なぜゴッホは自殺したのか疑問を抱き、その死の謎を解こうとしはじめる……。

画像
   パンフレット中身(冒頭部分)

この映画は俳優が実際に演じた映像を元に、世界中からオーデションで選ばれた125名の画家が62,450枚の油絵を描いて、アニメーション動画に作り直したという。日本からは唯一、画家の古賀陽子さんが選ばれて、1コマ1コマ、シーンごとに描いていく気の遠くなるような作業に参加されている。

一部水彩画も使われているそうで、回想シーンはモノクロで表現されていた。それ以外はゴッホの晩年の様子が、ゴッホの描いた絵の中を動き回って描かれるという、斬新な手法が採られている。いわば動く絵画である。「タンギー爺さん」など絵の中の人物も登場するなど、ゴッホの絵の世界にどっぷりと浸ることができる仕掛けだ。

手紙の受取人であるテオは、実はゴッホの死の半年後に亡くなっていた。果たしてゴッホ最期の手紙は、誰の手に届けられるのか。それは映画を観てのお楽しみということで……。生前たった1枚しか売れなかったというゴッホの絵の数々を、動画でたっぷりと堪能できる映画だった。

 ♪ 管理者ウェブサイト 「杉山武子の文学夢街道」

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


ドキュメンタリー映画「抗い」を観た

2017/12/10 22:34
福岡県生まれの記録作家・林えいだいさんは、ことし9月1日、肺がんのため83歳で亡くなった。

この映画はその晩年ともいえる彼の日常に密着した、ドキュメンタリー映画である。福岡県出身のわたしは、林えいだいさんの名前は以前から知っており、彼の57冊にもおよぶ著作(ノンフィクション)のうちの何冊かは、福岡で10年来続いている読書会でもとり上げた事があった。福岡では林えいだいさんの活動は、知る人ぞ知る、という存在である。

彼は高度経済成長時代、鉄鋼産業のさかんだった北九州の塵灰のひどさに危機感を抱き、公害運動に取り組み、やがて朝鮮人強制労働、炭坑や港湾労働、戦争の実相など、歴史に翻弄され、忘れ去られた人々を記録し続ける記録作家になった。以下はパンフレットの表紙。えいだいさんの若き日と、晩年の執筆中の写真。

画像
 

この「抗い」(あらがい)というドキュメンタリー映画は、2016年「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」の特別上映作品として公開されたものだ。現在鹿児島市在住のわたしは、映画祭には行けなくて見そこなっていた。かといって、鹿児島では林えいだいさんの名前も業績も、そう知られていないと思うので、上映はないだろうと思っていた。

ところが1週間前、たまたま会った友人から、「抗い」の上映会が10日にあると聞き、すぐに電話でチケットの予約をした。その当日の今日、寒いうえに昼前から雨まで降り出して、こんなんで人が集まるだろうかと思いつつ会場へ着いた。ところが雨もなんのその。主宰者ですら会場の半分くらい埋まれば、と思っておられた予想を見事裏切り、ほぼ満席の盛況だった。以下はチラシの裏側。

画像


映画のパンフレットを開くと、表紙裏側には執筆中のえいだいさんの写真、そして最初のページにはえいだいさんの以下のような短い言葉だけが載っている。

   権力に棄てられた民
   忘れられた民の姿を
   記録していくことが
   私の使命である

        林 えいだい


裏表紙には、たった2行、こんな言葉が書いてあった。

   歴史の教訓に学ばない民族は
   結局は自滅の道を歩むしかない。


日本人が無かったことにして忘れてしまいたい、近しい過去の歴史の暗部。足で取材して徹底的に掘り起こして、記録するという作業。そうやって本が出版されると、真実を書かれては困る人達から半年くらい脅迫電話が続いたそうだ。そんなことでめげるぐらいなら、えいだいさんは記録作家にはならなかっただろう。

ナレーションは、ダンサーで俳優でもある田中泯さん。低い、しかし声量たっぷりの良く通る声で、えいだいさんの記録作家としての原点や取材活動に重厚な語りを入れていく。映画の冒頭で、えいだいさんが記録作家になったきっかけには、反戦思想を貫いた父親の存在があったことが語られる。ナレーションの一部を引用すると、

 神主だった父親の寅治は、民族差別に耐えかねて炭鉱
 から脱走した朝鮮人鉱夫たちを自宅に匿った。「国賊」
 「非国民」とされた父親は、警察の拷問が原因で命を落
 とした。その体験が林の取材活動の原点となっている。


映画の内容はズシリと重いので、ここには書けない。しかし見ごたえのある映画だった。映画なので、百聞は一見に如かず。もっと各地で上映会が開かれ、多くの方が観られることを願い、ドキュメンタリー映画「抗い」を観たことの報告としたい。

 ♪ 管理者ウェブサイト 「杉山武子の文学夢街道」

記事へナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


スポーツ観戦から学ぶこと

2017/11/29 00:17
九州(福岡県)に生れて育ったわたしにとって、ウインタースポーツとは縁がないまま過ごしてしてきました。スケートは福岡市内で冬季限定のリンクに、中・高生のころ数回試しに行ったことがありますが、滑るより転んでばかり。それきりで終わりました。

ましてスキーともなると、雪は積もるほど降らないし、身近にスキーのできる環境が無かったので、とうとう行かずじまい。この先、一度も経験しないままになりそうです。というのもマイナスの付くような寒さに弱いので、白銀の世界は映像と想像の世界で楽しむことにしています。

自宅の暖かい部屋にいながら、スキー、ジャンプ、スピードスケート、フィギュアスケートなど、テレビで観戦することができます。またテニスや卓球、体操、水泳などの国際大会での競技もテレビやユーチューブで観ることができ、便利な世の中です。

スポーツには個人や団体でタイムを競うもの、採点競技などいろいろありますが、1回きりのチャンスに日頃の練習成果を出し切り、しかも結果が伴った時の選手の顔に浮かぶ嬉しさと安堵の表情は、見ているほうもホッとさせられます。

一見華やかな表舞台の裏で、選手は一日何時間も練習に費やし、好きなものを食べたり遊びもせずに、試合の日を目ざして何か月も何年も努力を重ねているのです。選手たちのほとんどは10代、20代、30代の若者です。負けず嫌いの性格、それに向かって練習をやり遂げる意思の強さ、努力を厭わない精神力、それらの揃った人が選手になるのでしょう。

選手に選ばれた人は、何月何日の何時ころの出番と決まった試合に合わせて、最高のパフォーマンスが出来るように練習し体調を整えて臨むわけですが、それは並大抵のことではないと思います。

自らスポーツをやらない人でも、野球やゴルフやサッカーなど、好みのプロの試合を観戦するという楽しみ方があります。わたしの場合も、年に一度くらいはプロ野球観戦のため福岡市のヤフオクドームへ出かけますが、普段はもっぱらテレビで観戦します。

たいして関心もなかったプロ野球ですが、連れ合いとの共通の話題作りのために、家事をやりながら観ます。ひいきの球団や選手ができると、観るのが楽しくなりました。ただし勝つとスカッとする一方、負けるとすこぶる気分が悪くなるので、あまりのめり込まないようにしています。

そのうち、野球の試合って人生行路に似ているなと思うようになりました。9回裏の3アウトまで諦めない気持ちが大事で、相手のピンチはこちらのチャンス、あるいはその逆であり、1球・1打で形勢は逆転可能です。このピンチとチャンスの拮抗する場面がスリリングで面白く、結局、選手の気持ちの強いほうが勝ちを掴むように思います。

またキャッチャーはただピッチャーの投球を捕る役目と思っていましたが、バッターの特徴を熟知して、球種の指示など投手をリードする立場であることを知りました。野球はチームでやる競技なので、特定の選手だけが目立つ試合よりも、個人的な技術を連係プレーで活かして勝つ試合に面白さを感じます。いろんなスポーツ観戦を通して、苦境の場面をしのぐメンタルの強さというものを教えられている気がします。

 ♪ 管理者ウェブサイト 「杉山武子の文学夢街道」 

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


続きを見る

トップへ

月別リンク



一樹の蔭、一河の流れ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる