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一樹の蔭、一河の流れ

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ブログ名
一樹の蔭、一河の流れ
ブログ紹介
文芸サイト「文学夢街道」管理人の杉山武子です。
実りある60代をめざして、読書・映画・旅行など日々の活動から思うこと感じることを書いて、水曜日にアップしています。
ブログ名は平家物語の「一樹の蔭に宿るも前世の契り浅からず、同じ流れにむすぶも他生の縁なほ深し」に由来しています。
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きょうの桜島

2017/09/18 13:17
◆しばらく音無しの構えだった桜島が、この夏より、再び活動を開始しました。1日に10回以上爆発・噴火することも珍しくありません。そのため風向き次第では、火山灰の襲撃を受け、道路には砂状の灰があちこちにかたまり、風が吹けば舞い上がって目に入ります。(トホホ)

台風一過でまた残暑厳しいお天気となったきょう、朝から桜島が元気です。1回噴煙が上がると、数分後にはまた新しい黒い噴煙が上がり、それが上昇して拡散を始めると、また下から黒い噴煙が頭を出します。その繰り返しです。1年以上おとなしかったので、たっぷりエネルギーをおなかの中に蓄えたのでしょう。大爆発ではなく、小出しにしてくれるのでそれはいいのですが。(写真は今朝、自宅から撮影)

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噴煙は上昇するに従い、黒い色から灰色へ、そして白っぽくなり、上空の風に乗って火山灰は広がり、風下のほうに流されて行きます。きょうは西北の風に乗って、鹿児島市街地とは逆の大隅半島方面(写真では右方向)へ灰が流されています。そして空から降り注ぎます。
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憤怒について

2017/09/13 22:33
喜怒哀楽の感情を持つのが人間だ。喜び、怒り、哀しみ、楽しみながら日々過ごしている。とりわけ2番目の「怒」の感情に火が付くと、爆発して手が付けられなくなる人がいる。怒りは他の感情とはちがい、後味の悪さが付きまとうものだ。それは相手を傷つけ、自分も傷つくからであろう。

最近、高齢者が突然怒り出して周囲に迷惑をかけたというニュースをよく耳にする。こらえ性が無くなり、ちょっと待たされたり、相手の態度が気に食わないなどと難癖つけては、異常なほど怒ったりわめいたりして感情の歯止めがきかなくなるのだ。

この怒り、言い換えれば憤怒の感情について、わたしの愛読書であるトルストイの『文読む月日』の中の文章を紹介したい。この書は1日に1章ずつ、トルストイが膨大な読書の中から古今東西の聖賢たちの名言を集め、1年365日分、心の糧となるように編んだものだ。

その本の1月23日の項は、「怒り」「憤怒」について書かれている。引用文の場合は文末にそれを言った(書いた)人の名前が記され、名前のないものはトルストイ自身の言葉だ。以下はトルストイの言葉からの引用。

 (二)ローマの賢人セネカは(中略)怒る癖をなくする
    ためには、人がぶんぶん怒っている恰好を見るの
    もいい、と言う。人が怒っているときの恰好、つ
    まりまるで酔っ払い同然に赤い顔、憎悪に満ちた
    醜い顔をして不愉快なきいきい声を出し、口汚い
    言葉を吐く恰好を見て、自分はあんな醜態は演じ
    たくはないと思え、と言うのである。

 (四)憤怒がどんなに他人にとって有害であろうと、そ
    れにもまして憤怒する当人にとって有害である。
    憤怒は必ずそれを呼び起こした相手の行為以上に
    有害なのだ。

 (八)われわれが腹を立てるのは、なんでそんな腹の立
    つことが起きたかの原因がわからないからである。
    なぜならもしその原因がわかれば、われわれは結
    果ではなくてその原因に腹を立てるであろうから
    である。しかしながらあらゆる現象の外的原因は
    非常に遠くにあって、これを発見することはでき
    ないが、その内的原因は――いつもわれわれ自身
    なのだ。どうしてわれわれは人を責めるのが好き
    で、こんなに意地悪く、こんなに理不尽に責める
    のだろう? 人を責めることで自分の責任を免れ
    ようと思うからである。われわれは自分に困るよ
    うなことがあると、これは自分が悪いからでなく
    て、人が悪いからと考えたがるのである。

 (十)人々が互いに憎々しげに口論していると、子供は
    どちらが正しくてどちらが悪いかわからないまま、
    心で双方を非難しながら憂わしげに二人のもとか
    ら走り去る。そしていつも二人のどちらよりも、
    その子供のほうが正しいのである。


トルストイの『文読む月日』には傾聴に値するいろいろな考え方や思想が詰め込まれており、折に触れてその日の項を開いたり、無作為にパッと開いたページを読んで、心の栄養にしたり思索の道しるべにしている。

とはいえ、怒りの感情を抑え過ぎたり溜め込んでしまえば、逆に身体のほうに悪影響が生じる。また明らかな差別や人権無視などの行為に対しては、怒りをもって抗議したり理路整然と反論することは必要だと思う。理不尽なことに対しては、怒りの感情は押さえたり泣き寝入りせずに外に出していいものだと思っている。

怒りの感情というのは、なかなかコントロールが難しいが、この扱いにくい感情に振り回されないよう、日々おだやかに暮らしたいと願っている。そのためには新聞やテレビのニュースなど見過ぎないようにして、心安らかな気持ちで日々を送るのが理想だけれど……。

 参考図書:トルストイ『文読む月日』(全三冊)
      北御門二郎訳 ちくま文庫 本体各1500円+税

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港区芝界隈を歩く

2017/08/23 11:35
現在、東京都港区内の長女夫婦宅に8月1日から滞在しています。というのも、長女が第二子を出産したので、産後の家事支援のために来ているのです。わたしの主な役目は、食事作り、買い物、掃除、上の子(3歳児)を保育園に送迎することです。たまには娘に代わって赤ん坊の世話もします。

今年1月には次女の第二子出産に伴い、2月末まで福岡市内の娘夫婦宅に滞在しておりました。2人の娘がそれぞれ2人ずつ出産したので、この数年で孫が4人になりました。娘たちは仕事を持っており、当世風に晩婚・高齢出産になりましたが、子宝に恵まれ、有難いことです。

産後の娘の支援とはいえ、実は赤ん坊よりも上の子(3歳児)の方に多くの手がかかります。いうことを聞かず口答えする、飛んだり跳ねたり、急に走り出したりと、60代後半のわたしにとっては連れて歩くというより追いかけるのが大変で、結構重労働です。

自由な外出はままならないものの、保育園からの帰り道、歴史を感じる旧跡などを見て歩くのがせめてもの安息のひと時です。JR田町駅近くから北上する日比谷通りの周辺一帯は、江戸時代に多くの大名屋敷があった場所で、歴史を感じさせられる見所がたくさんあります。

保育園を出るとまもなく、NEC本社の大きなビルがあり、それを横目に通り過ぎると、緑の多いゆったりした敷地の中にホテルやオフィスビルが並んでいます。そのあたりは江戸時代に薩摩藩の大規模な上屋敷があった場所で、「芝さつまの道」として緑地帯が整備されています。
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   NEC本社ビル

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    芝さつまの道 案内板

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    さつまの道 緑地帯

その一角に、「旧町名由来板20」と書いた案内板があります。それには「三田四国町」「三田同胞町」「松本町」の3町名の説明が書いてあり、「三田四国町」の場合は、一説に、四国の諸大名であった阿波の徳島、土佐の高知、讃岐の高松、伊予の松山の各藩邸があったことに由来する町名とのこと。

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   旧町名由来板

そこから東側の表通りに出ると、現在の日比谷通り。その通りを北上すると、まもなく左側に芝公園が広がります。広大な園内には芝東照宮、通りに面した三解脱門、その奥には増上寺があり、さらに奥には東京タワーが屹立していて、新旧の趣が感じられます。
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    三解脱門

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   東京タワー

日比谷通りを挟んだ反対側の芝公園内にも寺院が多く、尾崎紅葉生誕の地や「万延元年 遣米使節記念碑」、黒船でやって来た「ペルリ提督の像」、また公園内には災害時に使えるトイレや防災パーゴラと呼ばれる簡易な災害対策施設が、数箇所ありました。
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   ペルリ提督像

芝公園内にある港区役所に寄り、港区の観光マップや歴史ガイドブックなど、無料で配布されている資料を何種類かいただきました。港区には芝・新橋地区以外にも、白金・高輪、麻布・六本木、青山・赤坂、ベイエリア地区など、歴史的なものと近代的なものがうまく融合した場所が数多くあります。

今回はそれらを見て回る時間はありませが、いずれまた上京の機会があったら、下調べをして、歴史の勉強も兼ねがら徒歩やバスを利用してじっくり見て回りたいと思います。

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ザビエル教会コンサート

2017/07/26 20:07
毎年楽しみにしている音楽祭が2つあります。1つは春の大型連休中に東京の有楽町駅にほど近い、東京国際フォーラムを中心会場として開催される「ラフォルジュルネ・オ・ジャポン」です。約10年ほど前から、東京在住の娘と行くようになったのが始まりです。

5月3日から3日間、朝から晩まで1プログラムが45分、交響曲ならちょうど1作品ほどの長さなので、料金もリーズナブルです。プログラムがネットに発表されると好きな楽曲や演奏者をチェックして、早めに購入。当日は朝からはしごで1日3〜4のプログラムを楽しみます。

その娘も結婚し子どもも生まれたので、最近は時間やプログラムを合わせて一緒に行動するのは難しくなり、もっぱら別行動で一人で楽しむようになりました。もう1つは、地元鹿児島で毎年夏に行われる「霧島国際音楽祭」。現在開催中で今年は第38回となる歴史ある音楽祭です。

鹿児島に移住した17年前にこの音楽祭のことを知り、こちらも複数のプログラムを選んで出掛けます。メイン会場は自然豊かな霧島市にある「みやまコンセール」。鹿児島市の中心部からは車で約1時間かかり、会場まで臨時バスが運行される場合もありますが、やや不便です。

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メイン会場だけでなく、鹿児島市内の宝山ホールやザビエル教会でもコンサートが開かれますので、最近はもっぱら往復に時間のかからない近場の会場のほうに行くようになりました。今年はその第一弾として、25日昼のザビエル教会コンサートに行ってきました。

鈴木優人さんと新国立劇場合唱団アンサンブル8名による、〜;教会で聴くオルガン、合唱の響き〜と題した公演でした。鈴木優人さんはオルガン、ピアノ等の鍵盤奏者であり、指揮や作曲もされる才能豊かな方で、昨年もザビエル教会コンサートに出演されました。

ザビエル教会は鹿児島市の繁華街である天文館に程近い場所にあります。正式名称は鹿児島カテドラル・ザビエル記念聖堂(Kagoshima St. Xavier's Cathedral )で、カトリック教会です。教会の向かい側にはザビエルの鹿児島上陸を記念したザビエル公園があります。

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   開演前の教会内部(2階より)

この教会の建物は3代目で、最初は1908年に石造りの立派な聖堂でしたが1945年4月8日の大空襲で焼失。その後ローマの寄付で木造聖堂が再建され、1999年にはザビエル渡来450年を記念して現在のコンクリート聖堂になったという歴史があるようです。パイプオルガンはスウェーデンのチュール社製とのことです。

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   2階にあるパイプオルガン

私はキリスト教の信者ではありませんが、鹿児島に移住した直後から数年間はパイプオルガンを習っていたので、この教会にもオルガニストの演奏を聴きに何度か通ったことがあります。教会で聴くオルガンと聖歌の響きは、信仰心をいや増す効果があるように思いますが、私は純粋に音楽としてバッハなどの教会音楽を楽しんでいます。

今回の公演で出色だったのは、鈴木優人さん作曲の「アポカリプシス 2」。2006年にドイツのワイマールで初演された、8人の無伴奏混声アンサンブルのための作品で、『ヨハネの黙示録』の一部がテクストなのだとか。歌詞の意味はわかりませんが、一種独特の力強い混声の掛け合いがアカペラで歌われ、日本初演というその独創的な全曲を、作曲者本人の指揮で聴けたのは幸運なひとときでした。

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忙中閑あり

2017/07/14 15:38
梅雨末期には大雨になることが多いですね。福岡県朝倉市とその周辺、大分県日田市などの災害地の皆様に心よりお見舞い申し上げます。きょうはまた愛知県内に大雨による洪水警報が出て、犬山市では全域避難指示が出ているようです。ご安全を祈ります。

わたしの住む鹿児島でも、つい数日前、震度5強の地震があり、びっくりしました。幸い揺れた時間が短く、鹿児島市街地は震度4強程度の揺れでしたので、特に大きな被害もなく、ビルのエレベータが数時間停止する程度で、夕方には復旧しました。

義母の介護があるので、遠出の旅行は控えていますが、義母がデイサービスを利用する毎週水曜・木曜にかけての1泊2日は、外出日和です。義母の体調もいいので、今週の水・木は夫婦で福岡へ遊びに行きました。忙しさの中にも、その気になれば時間は見つかるものです。

鹿児島中央駅から新幹線に乗り、約1時間半で博多着。水曜(12日)夜はヤフオクドームへ、ソフトバンク対楽天の野球観戦に行きました。約1年ぶりのヤフオクドームです。
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   路地奥に見えるヤフオクドーム

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  ヤフオクドーム内(3塁側席より)

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     同上

その夜はドーム近くのホテルに泊まり、翌朝、すぐ近くにある平野神社にお参りしました。この場所で生れた福岡藩の平野國臣をまつる神社です。平野國臣は幕末の勤王志士として知られています。武術や国学に優れていましたが、脱藩して尊王攘夷運動に身を投じ、37歳の若さで京都で刑死しました。

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  境内の追慕碑(左手)と歌碑(右手)

黒御影石に刻まれた歌碑には「我胸の燃ゆる思ひにくらぶれば烟ハうすし桜島山」とあります。烟は「けむり」 です。この歌の意味ですが、薩摩に何度か足を運んでいる平野が、自分に比べて薩摩藩士にあまり勤皇の精神がないことを感じ、詠んだものだとも言われています。

その後、地下鉄で博多駅へ移動。博多駅にある飾り山を見ました。飾り山は裏表にありますが、写真はメインの表のほうです。これらの飾りは博多人形師たちの手で作られます。

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十七番山笠のお題は「奇襲一ノ谷合戦」でした。表面は主に歴史に材を取り、裏面は現代のアニメのキャラクターなど、子どもたちが楽しめる飾り山になっています。

ちょうど博多の町では櫛田神社の祭事である「博多祇園山笠」が行われており、15日早朝行われる「追い山」に向けて、12日の「追い山ならし」をTV中継で見ることが出来ました。福岡市には長年住んでいたので、子どもたちと早朝に行われる「追い山」を見に行ったことが思い出されました。

「博多祇園山笠」は、勇壮かつ迫力のある男の祭りで、一度リアルに見たらわくわくドキドキ感が止まりません。感動でやみつきになるお祭りです。いよいよあす早朝に、「追い山」が行われます。

飾り山を見た後は、博多駅近くに住む次女宅へ寄り、今年正月に生れた孫の成長ぶりをみて、帰途につきました。

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ブログ開設12周年

2017/07/05 17:37
2000年1月1日に自分のホームページを立ち上げ、翌年3月からはメールマガジン「僕らはみんな生きている!」を創刊して、毎週水曜日に配信を始めました。以後10数年間、4カ所のメルマガスタンドから発行を続け、時々充電期間と称して1〜2カ月お休みしながら、この数年は発行回数を隔週に減らして何とか発行を続けております。

これもひとえに読者の皆様あってのことだと、感謝いたしております。長きにわたって本当にありがとうございます。このメールマガジンは無料ですが、購読を希望されてメールアドレスを登録された方のみに配信されるシステムです。

その後、2005年ころから「ブログ」というツールが登場して、誰でも簡単にネット上に文章を書くことが出来、誰でも自由に読めるという時代になりました。私もこれは便利だと思い、さっそくメールマガジンで配信したものを、さらにブログで読めるように「一樹の蔭、一河の流れ」と題して始めました。それがちょうど12年前、2005年7月5日のことでした。

それから丸12年がたち、きょうからブログ開設13年目、メールマガジン創刊からだと16年目に入っております。メールマガジンが300回、500回など切りの良い数字になるときに、何度かもう止めようかと思いましたが、読者の方からの励ましなどもあって何とか続いております。

メールマガジンの読者はその後増えず減らずの、横ばいの状態が続いておりますが、ブログのほうで読んでおられる読者さんもおられることと思い、「ブログ開設12周年」と題して、これまでの記事を振り返ることにしました。どれか興味のある記事を再読していただければ嬉しいです。

最初に書いた記事は "少年たちを見る目" でした。
  http://bronte.at.webry.info/200507/article_1.html

2年目は "島原の夏草"
  http://bronte.at.webry.info/200607/article_1.html

3年目は "白夜行 〜北欧見たまま〜(2)"
  http://bronte.at.webry.info/200707/article_2.html

4年目は "こんなふうに映画を観てきた"
  http://bronte.at.webry.info/200807/article_2.html

5年目は "ウルムチ滞在で見たもの"
  http://bronte.at.webry.info/200907/article_2.html

6年目は "言葉のパワー"
  http://bronte.at.webry.info/201007/article_1.html

7年目は "ユートピアのあと始末"
  http://bronte.at.webry.info/201107/article_1.html

8年目は "腹の虫 "
  http://bronte.at.webry.info/201207/article_2.html

9年目は "星の大河"
  http://bronte.at.webry.info/201307/article_2.html

10年目は "真夏の東京散歩"
  http://bronte.at.webry.info/201408/article_1.html

11年目は "明治日本の産業革命遺産"
  http://bronte.at.webry.info/201507/article_1.html

12年目は "見えない世界"
  http://bronte.at.webry.info/201607/article_1.html

そしてきょうはブログでは13年目、メールマガジンとしては16年と5か月、682回目の配信となります。当初は原稿用紙換算で毎回5〜6枚書いていましたが、その後、長すぎるというご意見もあり4枚強程度に短くしました。また朝の通勤時に読んでいるという方も多いことが分かり、暗い話や悲しい話は書かないように心がけています。

現在は更にフェイスブックやツイッターなど、もっとリアルタイムに情報を発信するツールが登場していますが、私は利用しておりません。そこまで個人のことを発信する必要性を感じないことと、それに取られる時間が惜しいというか煩わしくて、自分のライフスタイルに合わないからです。

このまま続けたら、再来年には古希となり、10年後は生きているのかどうかさえ定かではありませんが、あまり欲張らずに健康に留意して、ぼちぼち・こつこつと書いていこうと思っております。今後ともよろしくお願い致します。

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梅雨の晴れ間の桜島

2017/06/29 22:49
きょうの天気予報は、雨模様のはずでしたが、重苦しく垂れこめていた雨雲が夕刻になるにつれてすっかり退き、数日ぶりに天高い青空が広がりました。桜島の山頂には、珍しく雲が乗っかっています。

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     2017年6月29日 午後6時ころ

上の写真を撮って約1時間後は・・・(下の写真)

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午後7時過ぎでもまだ十分明るいです。



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