3月8日は何の日?
◆「3月8日は何の日?」と訊かれて「国際女性デー( International Women's Day)と答えられる人は、日本の特に男性の中でどれくらい存在するのだろうか。現状では男女に限らず、「国際女性デー」の認知度は、わたしがフルタイムで働いていた1970~90年代に比べると、むしろ低くなっているような気がする。
ことしなど降ってわいたようなコロナ菌の出現で、日本といわず世界各国が見えない敵と戦っている状況が続いているので、「国際女性デー」に関するニュースはほとんど目にしなかった。たとえ企画されていたとしても、中止になった催し物が多かったのではないだろうか。
ひとむかし前は「国際婦人デー」と呼んでいたが、その発端となったのは1904年3月8日に、アメリカ合衆国のニューヨークで女性労働者たちが「婦人参政権」を要求してデモをしたことだという。その後、主に欧州で女性の権利をめぐる数々の運動が起こって、国連は1975年を「国際婦人年」とすることを宣言し、以後3月8日を「国際婦人デー」と定めるに至った長い歴史がある。
国連の宣言から数年後のこと。当時わたしは福岡市にある某国立大学のとある研究室に勤めていた。研究室にはゼミの学生・大学院生のほかに韓国、ベトナム、台湾の留学生たちもいた。3月8日のその日、いつもの通り出勤して仕事をしていると、台湾からの留学生Tさんが妙にニコニコ、いやニヤニヤしながら近づいてきた。
「どうして仕事をしていますか? きょうは何の日か知っていますか?」と訊く。「もちろん、国際婦人デーでしょ。昼休みに組合の婦人部で集会をやるんですよ」と答えた。当時婦人部では「同一労働同一賃金」などを訴えて活動していたので、広場に女性部員が集まって気勢を上げる予定だった。
Tさんは「台湾では3月8日は、女性はお休みの日です。仕事も家事もしません。男性が身近な女性に感謝の気持ちを込めて花やプレゼントを贈ったり、料理や家事もします」と。日本には3月3日に「ひな祭り」があると言ったものの、休日ではない。台湾より日本のほうか進んでいる(だろう)という意識があったわたしは、けっこうショックを受けた。
そして昼休み、集会の時に、わたしはマイクを握って、さっそくTさんから聞いたばかりの外国の「3月8日」のエピソードを披露した。仕事は休みで家事もしない、真に女性のための日なのだと。日本は先進国だなんてうわべだけで、全然違うじゃないかと、つくづく実感した日だった。調べてみたら、祝日になっている国は26か国もあった。
あれから40年以上たったが、働く女性をとりまく環境は良いほうに進んでいるだろうか。団塊世代のわたしの場合、事務職は産後休暇は6週間しかなかった。そのため生後43日目から赤ん坊を抱っこして、出勤前に無認可保育所に預けに行く毎日だった。子どもが急に熱を出しても休めないときがある。預かってくれる人や場所も無く、途方にくれたことも数知れず。そうして二人の娘を育てた。
その娘たちも仕事を持っているが、出産後は8週間の産後休業に続いて育児休業に入り、翌年春に認可保育所に入るまでの間、子育てしてから職場に復帰した。わたしの頃とは大違いとはいえ、兄弟で別々の保育所になったケースや、保育所に入れない待機児童の問題は解決していない。年度途中で保育所に入るのも困難で、働く女性を取り巻く環境は、いまも相変わらず厳しいようだ。
出生数が年々減って、小・中・高と廃校が増えている日本。赤ん坊は女性が産むことでしか増えないのだから、妊娠中や産後の女性はもっと大事にされて当然だと思う。日本では国でも地方でも、法律を決めたり意見を述べる会議では、ほとんど男性ばかりだ。女性が仕事と家庭と両立できるような社会環境を作る議論の場に、肝心の女性が少なすぎることが問題なのではないだろうか。
ことしの3月8日の新聞には、かろうじて2020国際女性デー関連として、「校長ら女性管理職、18% 30都道府県、政府目標届かず」の記事と、フィンランドの女性首相サンナ・マリンさん34歳が、ニューヨークの国連本部で「男女平等は放っておいても実現しない。政治的決断が必要だ」と訴えた記事があった。
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ことしなど降ってわいたようなコロナ菌の出現で、日本といわず世界各国が見えない敵と戦っている状況が続いているので、「国際女性デー」に関するニュースはほとんど目にしなかった。たとえ企画されていたとしても、中止になった催し物が多かったのではないだろうか。
ひとむかし前は「国際婦人デー」と呼んでいたが、その発端となったのは1904年3月8日に、アメリカ合衆国のニューヨークで女性労働者たちが「婦人参政権」を要求してデモをしたことだという。その後、主に欧州で女性の権利をめぐる数々の運動が起こって、国連は1975年を「国際婦人年」とすることを宣言し、以後3月8日を「国際婦人デー」と定めるに至った長い歴史がある。
国連の宣言から数年後のこと。当時わたしは福岡市にある某国立大学のとある研究室に勤めていた。研究室にはゼミの学生・大学院生のほかに韓国、ベトナム、台湾の留学生たちもいた。3月8日のその日、いつもの通り出勤して仕事をしていると、台湾からの留学生Tさんが妙にニコニコ、いやニヤニヤしながら近づいてきた。
「どうして仕事をしていますか? きょうは何の日か知っていますか?」と訊く。「もちろん、国際婦人デーでしょ。昼休みに組合の婦人部で集会をやるんですよ」と答えた。当時婦人部では「同一労働同一賃金」などを訴えて活動していたので、広場に女性部員が集まって気勢を上げる予定だった。
Tさんは「台湾では3月8日は、女性はお休みの日です。仕事も家事もしません。男性が身近な女性に感謝の気持ちを込めて花やプレゼントを贈ったり、料理や家事もします」と。日本には3月3日に「ひな祭り」があると言ったものの、休日ではない。台湾より日本のほうか進んでいる(だろう)という意識があったわたしは、けっこうショックを受けた。
そして昼休み、集会の時に、わたしはマイクを握って、さっそくTさんから聞いたばかりの外国の「3月8日」のエピソードを披露した。仕事は休みで家事もしない、真に女性のための日なのだと。日本は先進国だなんてうわべだけで、全然違うじゃないかと、つくづく実感した日だった。調べてみたら、祝日になっている国は26か国もあった。
あれから40年以上たったが、働く女性をとりまく環境は良いほうに進んでいるだろうか。団塊世代のわたしの場合、事務職は産後休暇は6週間しかなかった。そのため生後43日目から赤ん坊を抱っこして、出勤前に無認可保育所に預けに行く毎日だった。子どもが急に熱を出しても休めないときがある。預かってくれる人や場所も無く、途方にくれたことも数知れず。そうして二人の娘を育てた。
その娘たちも仕事を持っているが、出産後は8週間の産後休業に続いて育児休業に入り、翌年春に認可保育所に入るまでの間、子育てしてから職場に復帰した。わたしの頃とは大違いとはいえ、兄弟で別々の保育所になったケースや、保育所に入れない待機児童の問題は解決していない。年度途中で保育所に入るのも困難で、働く女性を取り巻く環境は、いまも相変わらず厳しいようだ。
出生数が年々減って、小・中・高と廃校が増えている日本。赤ん坊は女性が産むことでしか増えないのだから、妊娠中や産後の女性はもっと大事にされて当然だと思う。日本では国でも地方でも、法律を決めたり意見を述べる会議では、ほとんど男性ばかりだ。女性が仕事と家庭と両立できるような社会環境を作る議論の場に、肝心の女性が少なすぎることが問題なのではないだろうか。
ことしの3月8日の新聞には、かろうじて2020国際女性デー関連として、「校長ら女性管理職、18% 30都道府県、政府目標届かず」の記事と、フィンランドの女性首相サンナ・マリンさん34歳が、ニューヨークの国連本部で「男女平等は放っておいても実現しない。政治的決断が必要だ」と訴えた記事があった。
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