港区芝界隈を歩く
◆現在、東京都港区内の長女夫婦宅に8月1日から滞在しています。というのも、長女が第二子を出産したので、産後の家事支援のために来ているのです。わたしの主な役目は、食事作り、買い物、掃除、上の子(3歳児)を保育園に送迎することです。たまには娘に代わって赤ん坊の世話もします。
今年1月には次女の第二子出産に伴い、2月末まで福岡市内の娘夫婦宅に滞在しておりました。2人の娘がそれぞれ2人ずつ出産したので、この数年で孫が4人になりました。娘たちは仕事を持っており、当世風に晩婚・高齢出産になりましたが、子宝に恵まれ、有難いことです。
産後の娘の支援とはいえ、実は赤ん坊よりも上の子(3歳児)の方に多くの手がかかります。いうことを聞かず口答えする、飛んだり跳ねたり、急に走り出したりと、60代後半のわたしにとっては連れて歩くというより追いかけるのが大変で、結構重労働です。
自由な外出はままならないものの、保育園からの帰り道、歴史を感じる旧跡などを見て歩くのがせめてもの安息のひと時です。JR田町駅近くから北上する日比谷通りの周辺一帯は、江戸時代に多くの大名屋敷があった場所で、歴史を感じさせられる見所がたくさんあります。
保育園を出るとまもなく、NEC本社の大きなビルがあり、それを横目に通り過ぎると、緑の多いゆったりした敷地の中にホテルやオフィスビルが並んでいます。そのあたりは江戸時代に薩摩藩の大規模な上屋敷があった場所で、「芝さつまの道」として緑地帯が整備されています。
NEC本社ビル
芝さつまの道 案内板
さつまの道 緑地帯
その一角に、「旧町名由来板20」と書いた案内板があります。それには「三田四国町」「三田同胞町」「松本町」の3町名の説明が書いてあり、「三田四国町」の場合は、一説に、四国の諸大名であった阿波の徳島、土佐の高知、讃岐の高松、伊予の松山の各藩邸があったことに由来する町名とのこと。
旧町名由来板
そこから東側の表通りに出ると、現在の日比谷通り。その通りを北上すると、まもなく左側に芝公園が広がります。広大な園内には芝東照宮、通りに面した三解脱門、その奥には増上寺があり、さらに奥には東京タワーが屹立していて、新旧の趣が感じられます。
三解脱門
東京タワー
日比谷通りを挟んだ反対側の芝公園内にも寺院が多く、尾崎紅葉生誕の地や「万延元年 遣米使節記念碑」、黒船でやって来た「ペルリ提督の像」、また公園内には災害時に使えるトイレや防災パーゴラと呼ばれる簡易な災害対策施設が、数箇所ありました。
ペルリ提督像
芝公園内にある港区役所に寄り、港区の観光マップや歴史ガイドブックなど、無料で配布されている資料を何種類かいただきました。港区には芝・新橋地区以外にも、白金・高輪、麻布・六本木、青山・赤坂、ベイエリア地区など、歴史的なものと近代的なものがうまく融合した場所が数多くあります。
今回はそれらを見て回る時間はありませが、いずれまた上京の機会があったら、下調べをして、歴史の勉強も兼ねがら徒歩やバスを利用してじっくり見て回りたいと思います。
※ 管理者ウェブサイト 「杉山武子の文学夢街道」
今年1月には次女の第二子出産に伴い、2月末まで福岡市内の娘夫婦宅に滞在しておりました。2人の娘がそれぞれ2人ずつ出産したので、この数年で孫が4人になりました。娘たちは仕事を持っており、当世風に晩婚・高齢出産になりましたが、子宝に恵まれ、有難いことです。
産後の娘の支援とはいえ、実は赤ん坊よりも上の子(3歳児)の方に多くの手がかかります。いうことを聞かず口答えする、飛んだり跳ねたり、急に走り出したりと、60代後半のわたしにとっては連れて歩くというより追いかけるのが大変で、結構重労働です。
自由な外出はままならないものの、保育園からの帰り道、歴史を感じる旧跡などを見て歩くのがせめてもの安息のひと時です。JR田町駅近くから北上する日比谷通りの周辺一帯は、江戸時代に多くの大名屋敷があった場所で、歴史を感じさせられる見所がたくさんあります。
保育園を出るとまもなく、NEC本社の大きなビルがあり、それを横目に通り過ぎると、緑の多いゆったりした敷地の中にホテルやオフィスビルが並んでいます。そのあたりは江戸時代に薩摩藩の大規模な上屋敷があった場所で、「芝さつまの道」として緑地帯が整備されています。
NEC本社ビル
芝さつまの道 案内板
さつまの道 緑地帯
その一角に、「旧町名由来板20」と書いた案内板があります。それには「三田四国町」「三田同胞町」「松本町」の3町名の説明が書いてあり、「三田四国町」の場合は、一説に、四国の諸大名であった阿波の徳島、土佐の高知、讃岐の高松、伊予の松山の各藩邸があったことに由来する町名とのこと。
旧町名由来板
そこから東側の表通りに出ると、現在の日比谷通り。その通りを北上すると、まもなく左側に芝公園が広がります。広大な園内には芝東照宮、通りに面した三解脱門、その奥には増上寺があり、さらに奥には東京タワーが屹立していて、新旧の趣が感じられます。
三解脱門
東京タワー
日比谷通りを挟んだ反対側の芝公園内にも寺院が多く、尾崎紅葉生誕の地や「万延元年 遣米使節記念碑」、黒船でやって来た「ペルリ提督の像」、また公園内には災害時に使えるトイレや防災パーゴラと呼ばれる簡易な災害対策施設が、数箇所ありました。
ペルリ提督像
芝公園内にある港区役所に寄り、港区の観光マップや歴史ガイドブックなど、無料で配布されている資料を何種類かいただきました。港区には芝・新橋地区以外にも、白金・高輪、麻布・六本木、青山・赤坂、ベイエリア地区など、歴史的なものと近代的なものがうまく融合した場所が数多くあります。
今回はそれらを見て回る時間はありませが、いずれまた上京の機会があったら、下調べをして、歴史の勉強も兼ねがら徒歩やバスを利用してじっくり見て回りたいと思います。
※ 管理者ウェブサイト 「杉山武子の文学夢街道」







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