むかしの手遊び

◆記憶というものは、その人が亡くなれば同時に失われる。だから個人的な体験でも記憶を絵に描いたり文章にして書き残せば、それは記憶遺産になり得るのだと思う。むかしなら絵や文章や写真だったけれど、いまはスマホで写真も動画を手軽に撮れて、すく送信できる便利な世の中だ。便利すぎて消えるのも早いようで、逆に怖い。

今朝のテレビドラマで竹とんぼが出て来たのを見て、それをきっかけに小学生のころに、家や戸外や教室で友達と遊んでいた「あそび」の数々を思い出した。約60年前のことなので、忘れる前に書き留めておきたい。当時わたしは、福岡県南部に位置する筑後地方に住んでいた。

○竹馬 筑豊地方では「サンガシ」と言ったらしいが、筑後では普通にタケウ
    マと呼んでいた。青竹を切って親の手作りで男女とも遊んだ。高学年
    になると自分で作る男子もいた。

○メンコ 筑後地方では「パッチ」と言っていた。主に男子の遊びで、丸い
     パッチの縁に蝋燭のロウをたらして補強し、地面に叩きつけて相
     手のパッチをひっくり返したら、自分のものになった。

○こま(独楽) 主に冬の男子の遊びだった。回転している相手の独楽に自分の
       独楽をぶっつけて倒す。

○お手玉 女子の遊び。通学途中に雑草の実(数珠玉)を集めて帰ると、祖
     母が俵型の布の中にそれを入れて作ってくれた。高学年になると
     作り方を習って、自分で縫った。家でも学校でも数個を持って両
     手や片手で上手に回せるよう、熱心に練習していた。

○あやとり 私の大好きな遊びで、太めの毛糸を貰って輪っかにし、ホウキ
      や2段はしごなど易しいものから始め、橋→亀→ゴム→飛行機
      へと変化させたり、二人で組んで交互にすることもあった。

○水鉄砲 青竹を使って、手作りだった。紙鉄砲は水鉄砲より細い竹で作っ
      て、紙を噛んで小さく丸めたものを詰めて、パンと撃っていた。

○せっせっせ 主に女子のあそびで、2人が向かい合い、手と手を合わせる。
       せっせっせーのよいよいよい、で始めてわらべ歌を歌いなが
       らだんだん早くやる。二人の息が合わないとうまくいかない。

○おはじき ガラス製の平べったい玉をはじいて遊ぶ。お祭りのとき、出店
      で色とりどりのおはじきを買ってもらうのが楽しみだった。

○その他 集団であそんだのは、鬼ごっこ、だるまさんがころんだ、かごめ
       かごめ、はないちもんめ、とうりゃんせ、ゴム飛び、地面に図を
       描いて足で石をけりながら進む石けり(ちょんぱたん)、など。

青竹を一節切り、それをさらに1.5センチ幅ぐらいに割って棒にして、数本を手の平や甲でひっくり返す遊びもやったが名前は不明。折り紙は季節に関係なくやっていたし、お正月にはみかん汁で紙に絵を書き、火ばちであぶって絵を浮き出させて遊んだ。子どもの遊びにも季節で流行があった。当時の遊び道具は身近な材料で自作することが多かった。

最近はお金のかかる遊びが多いようだけど、最近、やっと学齢期に達した孫たちが、得意な折り紙やあやとりをしている動画を送ってくれるが、むかしの遊びが伝承されていることを知って嬉しかった。良いものは次世代にしっかりと伝えていくことの大切さを感じる。