古文書というタイムカプセル

仕事を辞めて50代になったとき、長年の希望だった古文書の勉強を始めて、細々と続けてきた。鹿児島県の歴史資料センターでこの秋も古文書講座が開催されるというので申し込み、先週から始まった。毎週土曜日に連続7回開催されるが、第1回目のテキストは石本家の史料。江戸時代後期に長崎で貿易商をしていた石本家と薩摩藩との間で交わされた取引の内容を記した覚書きで、講座の冒頭に古文書のコピーが渡された。

講師は国立大学で江戸社会経済史が専門の元教授だったが、開口一番「歴史がいま日本国で重要な問題になっている。歴史を知らなければ方向を誤る。誤らないためには史料を読む。史料を読むためには文書(もんじょ)を読まねばならない。歴史の史料をどうすれば楽しめるか」と、文書の持つ楽しみについて話された。

講師は毎回入れ替わるが、鹿児島県の講座なので薩摩藩に関係する古文書が中心になるようだ。私にとって古文書を読む楽しみというのは、たとえば「ドラエモン」の《どこでもドア》のように、日本の中世紀から江戸時代までのどこかへひとっ飛びに移動して、その時代に生きていた人々のナマの声、生活ぶりが手に取るように見えてくる面白さだ。

日本が鎖国をしていた江戸時代、出島を中心に唯一の外国貿易港として栄えた長崎。九州や中国地方の各藩は外国の動向に関する情報収集のため、「聞き役」と称する家臣を2名ずつ長崎に派遣していた。いわば各藩の長崎出張所ということになる。その長崎に文化15年(1818年)石本という商人が出店を持った。薩摩藩の聞き役と長崎貿易の入札商人石本家との関係を示す書類の数々が、今回の古文書になる。

文政6年(1823年)五代目にあたる石本勝之丞が3ヵ月間薩摩(鹿児島)に滞在し、石本家は薩摩藩の「御産物方御用聞き」を任ぜられた。当時、唐の産物は琉球を経由して薩摩藩に入っていたが、琉球の産物を貿易で扱いたい石本家と、琉球からの輸入品を販売して儲けたいたい薩摩藩の思惑が一致して、薩摩藩の長崎貿易はだんだん栄えていったという。

石本家も薩摩藩の力を利用しながら大きくなったので、薩摩藩は藩の財政のため石本家から金員調達、つまり多額の借金をするようになった。そこで後々のため、両者で利息など取引の細かな約束ごとを決めた文書が交わされた。それがいまに伝わり、私たちにもその詳細が分かるわけで、これぞまさしくタイムカプセルといえるのではないだろうか。

たとえば天保3年(1832年)夏、薩摩藩は銀200貫目を年3朱の利息で石本家より借りた。朱は金利の単位で3朱はだいたい0.03にあたるらしい。ところが翌年春、薩摩藩は石本家に対し利息銀の代わりに「八十人扶持」を与えると通知している。つまり元銀は返済しないかわり利息をずっと払っていくという約束で、しかも利息は扶持米というコメでの返済だった。

これらの古文書を読んでいて面白いのは、薩摩藩はお金を借りた側なのに石本家が薩摩藩の長崎貿易に関してよく働いてくれたので「八十人扶持」を与えるのだと、商人石本に恩を着せたような上下関係のはっきりした覚え書になっている。このコメでの支払いも遅れがちになると、石本家は琉球産物の取り扱いを独占したり、天草での年貢取り立ての権利を手にいれ、それを利息支払い遅れの穴埋めに流用したようで、さすがに抜け目がない。

薩摩藩と長い付き合いのあった石本家は、薩摩藩主島津重豪(しげひで)のとき特に強いつながりがあり、重豪の米寿を記念して「福寿亭」という能舞台付きの庵を建造したので、お返しに輸入品のガラスの大鏡と切子の台付きの菓子鉢を藩から与える、と書いてある。

薩摩藩は石本家との長く強いつながりの中で、貿易に関して石本家に便宜をはかり江戸の情報を伝えたが、石本はそれをまた商売に利用したようだ。藩民癒着というか、藩から得た情報を商売に最大限活用し接待攻勢をかけるの石本家の戦略があり、一方では薩摩藩の、返すつもりなどない意図的な借金ともいうべき、もたれ合いの構図をありありと示す古文書。

170年ほど前のことではあっても何やら生々しくて、折しもテレビニュースで放映されている防衛省前事務次官の国会証人喚問の問題と、どことなくダブるものが感じられる。薩摩藩と石本家の関係や動き方が見て取れる石本家の史料からは、権力と商人の癒着といういまだに続く関係ががかいま見えたが、次回の古文書講座では何が出てくるのか楽しみだ。

 ※参考 ・銀200貫目  明治時代の度量衡では1貫=3.75kg
              3.75 × 200 = 750kg

     ・八十人扶持=144石 一人扶持は一律にコメ五合(一日分)
         (薩摩藩は5合×360日×80人=144石と計算している)  

 ♪管理者ウェブサイト「杉山武子の文学夢街道」     

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