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一樹の蔭、一河の流れ

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一樹の蔭、一河の流れ
ブログ紹介
文芸サイト「文学夢街道」管理人の杉山武子です。
実りある60代をめざして、読書・映画・旅行など日々の活動から思うこと感じることを書いて、月に2回、水曜日にアップしています。
ブログ名は平家物語の「一樹の蔭に宿るも前世の契り浅からず、同じ流れにむすぶも他生の縁なほ深し」に由来しています。
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英彦山合宿読書会(7月21日〜22日)

2018/07/24 15:38
福岡県北九州市にて、奇数月ごとに「筑豊川筋読書会」を行っています。7名〜10名程度の少人数で、2カ月ほど前に当番の人と、その人が選んだ課題本が決まりますから、それを読んで参加します。当日は当番の人がレジュメを用意し、一通り発表したのち、参加者全員で感想や問題点等を出し合い、討論する形式の読書会です。

講師のような先生がいて、その人の選んだ本を読んできて、その人の解釈・解説を聴くという読書会ではありません。参加者の誰もが発表者になっていいし、課題本を選ぶのもその人の自由です。本のジャンルや発表内容に、何の縛りもありません。規約もない自由な集まりで、参加についても、来る人拒まず、去る人追わずがモットーです。

通常は土曜日の午後1時から5時まで、北九州市JR折尾駅近くの会場で読書会を行い、終了後、時間の許す人は会場近くの「角打ち」に寄って、立ち飲みしながら雑談に興じるのが恒例になっています。

1年に1回くらいは1泊2日で合宿読書会をしようということで、ことしは「英彦山(ひこさん)」の中腹にある「ひこさんホテル和(なごみ)」がその会場でした。英彦山は福岡県田川郡添田町と大分県中津市山国町にまたがる標高 1,199mの山です。
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   正面の4つコブのある山が英彦山(車窓より)

今回のテーマは、河野靖好著『大正炭坑戦記』(花書院)です。今回に限らず読書会メンバーが出版した本は、読書会で取り上げることが多いです。他の人がレジュメを作り、著者本人を交えて読書会を行いました。日頃は福岡・大分・鹿児島からメンバーが集まりますが、今回は合宿ということで、札幌市、つくば市、東京都内など遠方からの参加者も加わり、総勢14名でした。
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   河野靖好著『大正炭坑戦記』(花書院刊) 2,970円(税込)

英彦山といえば修験道の山として有名ですが、北岳、中岳、南岳などへ登るいくつものルートがあり、登山愛好家に親しまれている山です。

読書会に先立ち、希望者による英彦山登山も計画されていました。出発が午前10過ぎと遅かったことと、高齢者が多かったこともあり、体力等を考えて、総勢10名で初心者向きの林道ルートで行くことになりました。「しゃくなげ莊」近くの駐車場に車を置き、そこからスタート。北部九州は昨年、ことしと大雨が続き、林道はかなり荒れていました。
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   林道を出発

ゆるやかな坂道の林道を50分ほど歩き、山道に入って20分ほど登ったところにある「鬼杉」に到着。ゆっくり歩いて片道1時間10分ほどの行程でした。鬼杉の前の東屋で1時間ほど昼食と休憩を取り、7名は同じ道を引き返しました。山登りに慣れた健脚組3名は、鬼杉から険しい山道を行く別ルートで下山しました。
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   鬼杉(奈良時代から生育)国の天然記念物に指定

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  鬼杉の周囲12.4メートル

4時半からの読書会のあと、夕食時に出版記念会を兼ねた懇親会を行い、その後はまた1室に集まり、読書会の続きです。著者を交えて喧々諤々、お酒も入っているので議論はヒートアップ。夜中の12時近くにやっとお開きとなりました。
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   宿舎から見た夕焼け
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  夕焼けと同じ方向の朝の風景

翌日は午前10時前に宿舎を出て、車5台を連ねて近在の歴史・文学散歩をしました。最初に行ったのは添田町にある「毛谷村六助の墓」です。道路わきの林の中を進んだ、うっそうと木々が生い茂る中にひっそりとありました。
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   毛谷村六助のお墓

目印的なものは「お園・お菊 ⇒」と書いた小さな案内板が杭の上にあるだけなので、何のことやらわからず通り過ぎてしまいます。人形浄瑠璃になった「彦山権現誓助剣」の舞台ということで、興味のある方は調べてみて下さい。

次に訪ねたのは、これも道路わきの林の中を少し上った奥にある「日向墓地」です。添田町と大任町の境あたりにあって、何の表示もないので、これも知る人ぞ知るディープな場所です。

「日向家」の墓地を中心に、その周辺一帯が墓地になっています。足元の石ころを置いた場所に、国旗が立っています。数年前に行った時は、韓国の国旗がたくさん立っていて、ちょうど韓国から来たという観光客数名がいて、お参りをしていました。

今回は白地に青の朝鮮半島が描かれた「統一旗」があちこちの地面に立てられていました。比較的新しい旗なので、最近墓参に来られたのでしょう。なぜなら日本人の立派な墓地の通路になっているそこここに、朝鮮人炭坑夫が埋葬されたと言われているからです。つまりここは朝鮮人炭坑夫の無名墓群のある場所なのです。

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日本人にはほとんど知られておらず、観光地図にも載っていませんが、韓国ではここは有名らしく、福岡方面に観光に来た韓国の人達がここまで足を延ばして墓参に来られ、旗を立てて帰られるようです。炭坑が数多くあった筑豊地方には、類似のお墓がほかにもあります。日韓の負の歴史を考えさせられる場所です。

一行はこのあと炭坑関係の博物館など見て回りましたが、わたしは途中で皆さんと別れて早めに切り上げ、鹿児島に戻りました。

日向墓地に行ったのは2度目と先に書きましたが、前回は2014年6月1日に筑豊炭鉱関連遺跡や、旧・伊藤伝右衛門邸などを回っています。そのとき若宮市の千石公園内にある「炭鉱犠牲者 復権の塔」にも行きましたので、そのときの写真を1枚加えます。中央上部に炭坑夫・婦の像が見える。
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  (2014.6.1撮影) 炭坑の歴史を書いた説明文。

そういえば、宿泊したホテルの売店でお土産を買いました。パンダの胴体をした3色ボールペンで、口から赤や青のペン先が出てきます。

もう1つは、「英彦山がらがら」と呼ばれる土鈴です。素朴な土の素焼きに、青と朱が色づけされ、稲わらが通してあります。この「がらがら」は古くから魔除けとしての由緒があり、家の入口につるしたり、玄関の置物として人気があります。子どもの頃家にあったことを、懐かしく思い出しました。
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甲突川のシーカヤック

2018/07/15 11:09
我が家は鹿児島市内を流れる甲突川沿いに建つマンションの6階にあります。川の下流方向には桜島の山容がのぞめる見晴らしのいい場所です。

2018年7月15日朝、8時20分ころから、川の方から元気な掛け声が聞こえてきました。「はて、何だろう?」と思ってベランダに出てみると、甲突川の下流(右手)から上流(左手)に向かって、ほぼ一列に並んだシーカヤックをこぐ一団が見えました。

声のぐあいから、どうやら小学生高学年くらいの子供たちのようです。5隻ほどに大人が2〜3隻ほど付いて、リードしたり寄り添っている感じです。訓練なのでしょうか。鹿児島湾ではシーカヤック体験が地元の人たちにも、観光客にも人気になっています。

左手の川上のほうに漕ぎながら去っていく最後尾は、下のような様子でした。

 ※写真をクリックすると拡大します

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     8時26分撮影

普段の甲突川は水位が低くて、半分くらいは水が流れず川底がみえるほどです。けれども満潮のときには川幅全体に水が流れていますので、川らしくなります。流れも緩やかで川底も浅いので、シーカヤックの練習にはうってつけなのでしょう。

以下の2枚の写真は、上流に遡ってから25分後くらいに、また右側の川下に向かって進んでいる様子です。

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     8時47分撮影

シーカヤックの船体は密閉型になっていて、シャフト(握り棒)の両端にブレード(板)のついたダブルブレードを、左右交互に動かして水をかきながら進んでいきます。

1つのグループは5隻の子どもに、2〜3隻の大人がつき、それが3グループ連なっていました。

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きょうの桜島

2018/07/11 20:56
先週末の大雨から一転、昨日ときょうは良いお天気になりました。豪雨災害に遭われ、家族や家を失われた被災者の方々には、心よりお悔みと見舞いを申し上げます。

きょうの桜島は、終日山容全体が見られたものの、火口から常時出続けていた少量の火山灰が、鹿児島市街地方面に向かってきたので、午後からは窓を全部閉めて、クーラーのお世話になりました。

夕食後、夕陽を受けた桜島上空の雲が茜色にそまっているのを見つけて、急いで写真を撮りました。
梅雨の間じゅう、桜島は重く垂れこめた雨雲に隠れて、その姿を見ることはできませんでした。

久しぶりに美しい姿を見せてくれた桜島をご覧ください。
桜島の頂上右手付近から、うっすらと噴煙が上がっているのが見えます。

 ※写真をクリックすると拡大します

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   7月11日19時36分撮影(自宅より)

この記事を書いている途中で、鹿児島地方は梅雨が明けたと発表があったそうです。

ホッとする一方で、あんなに大雨を降らせなくてもいいのに、梅雨が恨めしくもあります。
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出るのは涙ばかり

2018/07/11 20:23
大阪地方の地震に続き、今度は集中豪雨によって大規模な水害が西日本の広範囲にわたって発生しました。降りやまぬ大雨で川は濁流となり、溢れ出した水は市街地に流れ出し、山裾の住宅は土砂崩れに襲われ、人々の日常生活を押し流してしまいました。

梅雨末期には水害が起こりやすいと言われていますが、それにしても最近の雨の降り方は尋常ではありません。今回の災害は積乱雲が次々と連なる「線状降水帯」が発生していたことによる豪雨だということです。最近ではこの線状降水帯という言葉をよく耳にします。

断水のため給水車に水を貰いに来ていた人が、「水は出ない。出るのは涙ばかり」とインビューに応えていました。豪雨災害で水に苦しめられているのに、生きるための水は無い。そんな二重の苦しみに被災者は置かれているのです。心が痛みます。

この場所に40年以上住んでいるという人が、「こんなことは始めてだ」と言っていました。これまでの個人の経験則が役に立たないほど雨の降り方が酷くなっているし、真夏の暑さも昔とは違ってきているのは、誰しも実感しているところでしょう。

最近では「熱中症」と呼ばれて盛んにその予防対策が叫ばれています。わたしが介護している独り住まいの義母(91歳)も、4年前に熱中症になりました。猛暑の日、サッシ戸を開け放した部屋にもうろうとして倒れていたのです。幸い発見されて救急車で運ばれ、1週間の入院で済みました。

義母はクーラーは嫌だと言い、高齢で感覚が鈍くなっているのか、猛暑でも「暑くない」と言い張ります。水を多めに飲ませてクーラーをつけても、わたしやヘルパーさんが帰るとクーラーを切ってしまうので、これから先の猛暑が心配でなりません。

わたしの住む鹿児島は桜島の噴火という心配の種は常時ありますが、最近では台風も当地を避けて通ることが多く、大過なく過ごしています。しかし近い過去には鹿児島でも大水害がありました。その当時、わたしは福岡市在住でした。

1993年年8月6日、鹿児島市は記録的な豪雨に見舞われ「8.6水害」と呼ばれる大規模洪水が発生したのです。市内3つの川が氾濫し、江戸時代から架かる石橋が流され、鹿児島湾に面する日豊本線の竜ヶ水駅周辺では、シラス台地の崩壊により住民やJRの乗客など約3,000人が孤立し、海上から救助活動が行われたのです。

この水害で48人が亡くなり、家屋の浸水や損壊は14,000棟を超え、現在の鹿児島中央駅付近はかなり浸水したそうです。それなのに九州新幹線開通に合わせて地下通路が作られました。今度大水害が起きたら、この通路は水没するでしょう。災害はいつやって来るかわかりません。日々を大切に生きたいと思うこの頃です。

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文化冊子「草茫々通信」12号 ご案内

2018/07/02 21:20
佐賀発の文化冊子 「草茫々通信」12号が刊行されました。

 2018年6月29日発行 224ページ 700円+税

 ※丸ごと一冊、佐多稲子の特集になっています。
   モノクロですが写真もたくさん掲載されており、
   単行本並みの充実した内容を備えています。

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今回の特集  凝視の先に―佐多稲子の文学―


 
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【内容】

〈序〉佐多稲子 その文学と道のり

長谷川啓、小田切秀雄(転載)・
      戦時下の佐多稲子・略年譜

主な作品ご案内―――32編を紹介
              (紹介者16名)

代表的問題作品を読む
 『素足の娘』『くれない』『私の東京地図』
 『歯車』『灰色の午後』『渓流』『時に佇つ』
 『樹影』『夏の栞』『童話』

佐多稲子の佐賀・長崎



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文化冊子「草茫々通信」12号のご購入は、
下記へお申し込みください。
 1冊700円+税 です。
 
 〒849-0922
 佐賀市高木瀬東5−12−6

 書肆草茫々 八田 千恵子

 電話:0952−31−1608   

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平和の詩

2018/06/27 15:38
6月23日、沖縄県糸満市の平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」が開催されました。太平洋戦争末期、日本では唯一アメリカ軍との地上戦が行われたのが沖縄でした。その組織的戦闘が終結したとされる6月23日が、沖
縄慰霊の日となったそうです。

式典には安倍首相や永翁沖縄県知事も参列。その様子をテレビで見ていました。多忙な安倍首相の顔は心なしかむくんでおり、手術を受け退院間もない翁長知事はげっそりと痩せて見えました。そんな中、中学3年生の相良倫子さんが「生きる」という平和の詩を朗読されました。

明瞭な力強いその声は、一番心に響きました。翌朝の新聞に詩の全文が掲載されましたので、ここに6割ほどを掲載して、彼女の思いを共有できたらと思います。この長い詩を、14歳の相良さんは原稿を手にせず、間違えもせずに堂々と朗読。彼女は曽祖母の語る戦争体験談を聞いて育ったそうです。

 生きる
 私は、生きている。
 マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
 心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
 草の匂いを鼻孔に感じ
 遠くから聞こえて来る潮騒に耳を傾けて。
 私は今、生きている。
     ………(中略)
 私はなんと美しい島に、
 生まれ育ったのだろう。
 ありったけのわたしの感覚器で、感受性で
 島を感じる。心がじわりと熱くなる。
 私はこの瞬間を、生きている。
     ………
 七十三年前、
 私の愛する島が、
 死の島と化したあの日。
 小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
 優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
 青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
 草の匂いは死臭で濁り、
 光輝いていた海の水面は、
 戦艦で埋め尽くされた。
 火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
 燃えつくされた民家、火薬の匂い。
 着弾に揺れる大地。血に染まった海。
 魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
 阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

 みんな、生きていたのだ。
 私と何も変わらない、
 懸命に生きる命だったのだ。
    ………
 摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
 悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
 私は手を強く握り、誓う。
 奪われた命に思いを馳せて、
 心から、誓う。
    ………
 全ての人間が、国境を越え、人種を越え、
 宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
 生きる事、命を大切にできることを、
 誰からも侵されない世界を創ること。
 平和を創造する努力を、厭わないことを。
    …………
 だから、きっとわかるはずなんだ。
 戦争の無意味さを。本当の平和を。
 頭じゃなくて、その心で。
 戦力という愚かな力を持つことで、
 得られる平和など、本当は無いことを。
 平和とは、当たり前に生きること。
 その命を精一杯輝かせて生きることだということを。
    …………
 摩文仁の丘の風に吹かれ、
 私の命が鳴っている。
 過去と現在、未来の共鳴。
 鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
 命よ響け。生きゆく未来に。
 私は今を、生きていく。

   ※「南日本新聞」6月24日付朝刊より転載。 
     詩は沖縄県平和祈念資料館提供

14歳の語る「平和への誓い」は理想に溢れており、なんだか遠い日の
自分を思い出します。理想を失えば、後退するのみです。いまではす
っかり現実にばかり目を奪われているダメな大人のわたしですが、彼
女のように理想を生きる力にして命を燃やしている若い人たちに期待
し、未来を託したく思います。

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子育てのヒント 

2018/06/13 00:15
最近、必要があって自分の本棚から古い資料を探している。5年前の引越しの際、本の置き場所を大幅に変更したこともあって、必要な本や資料がパッと取り出せなくなった。先日もあちこち探してみたが、肝心の資料は行方不明。押入れ奥の段ボールも調べたが出てこない。

ところがそうやって昔の資料類をひっくり返していると、古い作品がたくさん出てきた。20〜30年前のエッセイや短編小説など原稿用紙に清書したものは、何かのコンテストに出したものらしい。書いた本人も忘れていた原稿の束。

結局、没になってそのままお蔵入りしたもの、無事に活字になった作品のコピーなど、いろいろ混ざっている。40歳代前半までは書くのはワープロではなく手書きの原稿用紙に拘っていたので、当時はこんなにきれいな文字で書いていたのかとインクの文字が懐かしい。

そんな中に「子育てのヒント」と題した紙が1枚混じっていた。裏面は学習塾のスケジュール表になっていて、「2002年夏」の文字。新聞の折り込みチラシのようだ。わたしの娘たちはすでに成人していたが、気になって捨てずに保管しておいたものらしい。

いまでは4人の孫がいるが遠くに離れて暮らしている。娘たちの家庭や子育てに口出しする気はさらさらないが、自分の子育ての時に、こんなヒントを知っていればよかったのにと思うことしきりなので、ここに紹介したい。

チラシには<ドロシー・ロー・ノルト博士の著書「子どもが育つ魔法の言葉」の中の見出しを表題「子育てのヒント」として紹介しました>と出典が書いてあった。

一、 けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
一、 とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
一、 不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
一、「かわいそうな子だ」といって育てると、
          子どもは、みじめな気持ちになる
一、 子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる
一、 親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
一、 叱りつけてばかりいると子どもは、
          「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
一、 励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
一、 広い心で接すれば、短絡的な子にはならない
一、 誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
一、 愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
一、 認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
一、 見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる
一、 分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
一、 親が正直であれば、子どもは、
           正直であることの大切さを知る
一、子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
一、やさしく、思いやりをもって育てれば、
           子供は、優しい子に育つ
一、 守ってあげれば、子どもは強い子に育つ
一、 和気あいあいとした家庭で育てれば、子どもは、
          この世の中に希望と勇気をもって生きる事を知る


親ともなれば、忙しい毎日の中でつい幼い子を急かせたり、怒ったり、叱ったりしがちだ。わたしも勤めていたのでそうだった。ここに書いてある項目の全部は無理だとしても、自分に思い当たる2つか3つくらいなら、今日からでも子どもに対する対処法を修正するヒントになるのではないだろうか。

自分に小さい子がいなくても、周りを見れば子どもはいる。彼らはいずれ日本の未来を担う存在だ。だから子どもらの健やかな成長は、結果としてよい社会環境へとつながるから、あたたかい気持ちで彼らの成長を見守るのは大人の役割ではないだろうか。

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