アニマルウェルフェアって何?

知人から「アニマルウェルフェアって知ってる?」と訊かれ、「アニマルウェル…? 知らない」と答えた。どこかで聞いたような気もするが、よくわからない。日本では「動物福祉」とか「家畜福祉」などと訳されているという。さっそくウィキペディアで「動物福祉」を開いてみると、

 (Animal welfare)とは、一般的に人間が動物に対して与える痛みやストレス
 といった苦痛を最小限に抑えるなどの活動により動物の心理学的幸福を実現
 する考えのことをいう。動物福祉という語感から、感情的な「愛護」や介護・
 医療など含む社会保障を連想する「福祉」だと誤解される場合もあるため、
 日本国内では和訳せずにアニマルウェルフェアと表記されることもある。

これはペットや家畜が対象で、ペットに関しては2013年に動物愛護法が改正されてかなり改善されたものの、家畜対策が遅れているという。知人によればこの問題が表面化したのは、昨年末に元農水相が鶏卵業界の大手から500万円の現金を受け取った疑惑が発覚してからだという。その大臣は大騒ぎになる前にさっさと辞めてしまい、マスコミの追及もそこで終わってしまった。

鶏卵業者がなんで農水相にワイロを送るんだろうと思っていたが、その背景には東京オリンピックで選手たちに提供される食材についての問題があった。前々回のロンドンオリンピックあたりから、食材に関する「アニマルウェルフェア問題」が世界的な潮流になっているらしいが、全然知らなかった。

東京オリンピック開催に先立ち元オリンピック選手たちが「アニマルウェルフェア」への配慮から、ケージ飼いの鶏の卵をやめて平飼いの卵のみを提供するよう要望しており、この動きにいち早く気づいた日本の鶏卵業者たちがケージ飼いの卵も国際基準で認めてもらえるように、農水相に働きかけたようだ。

日本では卵の値段は数十年来変わっておらず、価格の優等生とも言われている。それは採卵用の養鶏場の92パーセントが、狭い金網の中に鶏を閉じ込めて卵を産ませるケージ飼いだから可能なことで、逆にその劣悪な飼育環境が問題視されており、世界では鶏が地面を動きまわれる平飼いへの切り替えが進んでいるという。

日本の養鶏業界はコストの掛かる平飼いの反対運動を繰り広げ、政治家に圧力をかけ、政府はそんな養鶏業者に配慮してアニマルウェルフェアの国際基準を下げる(ケージ飼いもOKにする)ための意見を国際機関に出し続けているそうだ。安い卵の裏にそんな重大な問題が潜んでいようとは思わなかった。

ケージ飼いで生産された日本の卵が東京オリンピックで提供できないならば一大事と、業界は躍起になったのだろう。日本でも平飼いを採用している企業が増えているとはいえ、まだ少数らしい。卵は安くて当然という消費者側の意識が変わらないと、鶏卵業者も現状維持のままで、考えは変わらないだろう。

卵を食べて罪の意識を感じたことはないが、これが牛肉や豚肉や鶏肉となると違ってくる。すき焼きにしゃぶしゃぶ、とんかつ、焼き鳥等々、日々おいしい肉料理に目のないわたし(たち)は、動物福祉のことなど意識しないで家畜の肉を食べていると思う。最近は野生動物のジビエも人気がある。

農林水産省のホームページには「家畜を快適な環境下で飼養することにより、家畜のストレスや疾病を減らすことが重要で」それが「生産性の向上や安全な畜産物の生産にもつながる」から、「アニマルウェルフェアに配慮した家畜の飼養管理の普及に努めている」とあった。消費者としても「ごちそうさま」の感謝の言葉から一歩進んで、動物福祉の考え方を持たないといといけない時代へと変化しているようだ。

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アトランタ今昔

アメリカでは先日の22日、コロラド州のスーパーマーケットで銃乱射事件が発生し、警察官1名を含む10名が亡くなりました。その数日前の18日にはアトランタとその周辺で3軒のマッサージ店が襲われ、アジア系の6名を含む8名が銃撃により亡くなりました。銃と共存して生きていかざるを得ないアメリカ。痛ましい限りです。

アトランタはアメリカ南部ジョージア州の州都で、1996年夏にオリンピックが開かれたことで有名になりました。そのアトランタに個人旅行で行ったのは、もう22年前のこと。数日間過ごしたうちの一日は、一人で地図を片手にアトランタ市内を街歩きしました。

ニュース番組で有名なCNNセンターやコカ・コーラ本社は前日に見学済だったので、その日は個人的に行ってみたかったマーガレット・ミッチェル記念館へ。市内にはマルタ・トレインという空港にも行ける電車が走っており、それを利用してタウン・ステーション下車。歩いて数分で着きました。

長編小説「風と共に去りぬ」は、アトランタ郊外の架空の大農園タラが舞台です。南北戦争を時代背景に、勝気と虚栄心と行動力で生き抜くヒロインのスカーレット・オハラは、映画でも有名になりました。わたしにとってのアトランタは「風と共に去りぬ」の作者、マーガレット・ミッチェルの生誕地という印象が一番強くあります。

アトランタでは街を歩いても、電車に乗っても、ホテルでも、圧倒的に黒人が多かったので、調べてみると、当時のアトランタでは住民の約6割が黒人ということでした。マーガレット・ミッチェルはアトランタで生まれ育ったからこそ、「風と共に去りぬ」を書けたのだと思います。

アメリカでは1950年代半ばから約10年にわたり、アフリカ系アメリカ人によって差別の撤廃と法の下の平等、市民としての自由と権利を求める公民権運動が盛り上がりましたが、その指導者のマーチン・ルーサー・キング牧師はアトランタ出身でした。念願の公民権法は1964年に制定されましたが、キング牧師は暗殺されました。

わたしの10代半ばまで、毎年夏になると全米各地で黒人暴動が発生して商店が破壊され、商品が略奪される様子をテレビニュースで見るのが恒例になっていました。公民権法制定後は暴動はなくなったように記憶していますが、黒人差別は別の形の事件となって、現在も続いています。

昨年来の新型コロナウイルスの蔓延で、今度はアジア人が攻撃の対象になっているのでしょうか。アメリカは移民によって成り立っている国なのに、由々しいことです。わたしの親類一家はアメリカに憧れて移住し、カリフォルニア州の小都市に35年前から住んでいます。地元に溶け込んでいるとはいえ、やはり心配になります。

他人種・他民族への差別というものは、多かれ少なかれ、どの国にも多少はあるものだと思います。文化文明が発達し民主主義が根付いて来ている世界では、表立った差別は見えにくいですが、人間には他を見下して自分が優位に立とうとする本性があるようです。差別される人ほど、他を差別するともいいます。

「風と共に去りぬ」は奴隷制度を美化していると批判されて、マーガレット・ミッチェル記念館(元の住まい)は2度放火されたりして、アメリカ社会全体に受け入れられてはいない側面もあるようです。ミッチェルは晩年まで黒人のための慈善活動を匿名で行っていたとか。もう行くことはないだろうアトランタが、なぜか懐かしいです。

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慈眼寺公園にて森林浴と桜見

◆昨日は雨の一日だったので、きょうこそと、今にも雨が落ちそうな曇天のなか、JRに乗って鹿児島市内にある慈眼寺公園へ。慈眼寺(じげんじ)駅から10分ほど歩いて公園入口に到着。慈眼寺はその名の通り、お寺のあったところ。飛鳥時代(約1400年前)に百済の名僧・日羅(にちら)によって開かれ、聖観音像が安置されていたそうです。

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その後、江戸時代には島津家により再興され、薩摩の三ヶ寺の1つと言われるほど有名になって栄えますが、明治2年(1969)の廃仏毀釈によって寺は壊されて焼失。かろうじて残った1対の仁王像も両手がもがれた状態で、廃仏毀釈の破壊の歴史を物語っています。

明治政府には多くの薩摩藩出身者がいた関係もあって、鹿児島県は率先して廃仏毀釈を徹底したため、県内のお寺は全滅状態になりました。仏像・石像のたぐいも破壊されて、頭部や腕などのない無残な姿の石像が県内各地の寺院跡地に残っています。
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公園内には渓流が流れており、木々には若葉が芽吹き、人とはほとんど会わず、久々に森林浴を堪能できました。遊歩道は昨日の雨で濡れており、石段の多い道では滑らないように足元に気を付けながら歩きました。
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    遊歩道沿いにあった道祖神

途中、そうめん流しのお店もあり、夏には賑わうそうです。その横を渓流に沿って上流に行った先に、さくら広場があり、そこがきょうの目的地です。もう満開は過ぎたようで、濡れた地面には散った花びらが広がっていました。
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噴煙雑記 その8

2月某日
全国に会員が散らばるある文学団体に属していて、毎年この時期、大事な会議が東京・渋谷で開催される。昨年は2月初旬に無事行われたが、その直後から新型コロナウイルスの感染拡大で遠方への移動が困難になった。そのため鹿児島在住のわたしは、それ以降の会議には全く出席できないでいる。

今年になってもコロナ禍は先が見えず、今年はその大事な会議をオンラインでやることにしたが、参加者5人のうち経験者はわたしともう一人のみ。司会のMさんが会議のホスト役なのでオンライン会議システムZOOMを勉強してもらって、まずわたしとZOOMをつなぐ練習。次に各メンバーともつなぎ、きょうが本番だった。結果は無事終了。ほっとした。

2月某日
鹿児島市から毎年「いきいき受診券」という、無料や有料で受けられる健康診査受診券が送られてくる。その中からいくつか選んで、毎年近所のクリニックで受診している。そこの老先生は哲学が大好きで、待合室や診察室の中にまで、数々の名言などを手書きで書いた紙が貼ってある。

先日、検査を受けたあと雑談になった。鹿児島には昔から「子は“つ”のうち」という言葉があるそうで、“つ”とは1つ、2つ、3つ・・・・やっつ、ここのつ、のこと。つまり子どもの躾(しつけ)は9歳までにやりなさい、の意味だという。わたしも子どもを大声で叱ったりお尻をぶったりするのは10歳までで、それ以降は逆効果と思ってそうしてきたので、共感できた。

3月某日
昨年末にチケットを購入し、どうか中止になりませんようにと念じていたクラシックコンサート。その当日を無事に迎え、仕事帰りにそのまま会場へと足を運んだ。鹿児島出身の下野竜也さん指揮、NHK交響楽団、ヴァイオリンは三浦文彰さんという、まさに旬の音楽家たちによる演奏会。

プログラムのメインはブラームスのヴァイオリン協奏曲と交響曲第4番。どれもわたしの大好きな曲目で、指揮者とソリストと楽団もこれ以上ない組み合わせだった。コロナ禍で遠出もままならない中、わざわざ鹿児島まで来て下さったマエストロ下野さんはじめ、三浦さん、N響の皆さんに感謝の気持ちでいっぱいになった。

入場者は半数に制限されており、前後左右の席に人がいないためステージが全部見渡せるという贅沢な環境。もちろん手指の消毒と検温の感染対策もあったので、安心して演奏に集中できた。下野さんの情熱あふれる指揮、N響の繊細で豊かな響き、若きソリスト三浦さんのクールだけど力強い弾きっぷり。その全てを堪能できた、幸福なひとときだった。

3月某日
娘たちが巣立ち、夫婦2人の生活になって20年が過ぎた。ケンカはしない主義なので、そうなる前に回避するように心掛けている。5年前に夫が退職して一緒に家に居る時間が多くなり、今度はわたしが就職して午後は会社勤めをしているが、日常のちょっとした相手の癖が気になって、つい小言が口から出ることが増えた。

言えば相手はムッとするし、言ったわたしもあと味が悪い。知人にそのことをふと漏らすと「例えば?」と問われたので「食後に食器を下げ忘れるとか、食卓のイスを出しっぱなしとか」。知人は驚いて、「へ、そんな些細な事! 浮気かギャンブルかと思ったわ」と大笑いされた。

そんなことがあって考えた。相手がボーっとしているなら、こっちもボーっとして見なかったことにしようと決めて、小言をやめた。すると何ということか、日々心の安らぎを得られるようになったのである。不完全なのはお互い様だと、古希を過ぎてやっと気付いたのだった。

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女性パワー

女性蔑視ともとれる発言が原因で、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞任に追い込まれた。自分の思っていることを言っただけなのに、何で非難されなければならないのかと、ご本人は不満だったかもしれない。けれど逆切れ的な謝罪会見も最悪で、国際的な問題にまで広がってしまった。

オリンピックは新型コロナにたたられ、待ったなしのこの時期にトップが交代することになって、あとを引き継がれる会長さんのご苦労やいかにと思っていたら、新会長に橋本聖子さんが就任された。オリンピックは無理かもと思っていた気持ちが一転して、どんな形でもアスリートのために開催してほしいと願うようになった。

橋本さんは「会長を引き受けさせていただく背景に男女平等の問題があったと思う」そして「女性理事の比率を40%に引き上げる」という決意を表明された。大変な役目を引き受けられた新会長を、大会の成功と終了まで応援したいと思う。

森前会長に関しては腹立たしい印象しかない。2014年ソチで行われた冬季オリンピックのとき、フィギュアスケート選手の浅田真央さんに対し「あの子、大事な時には必ず転ぶんですよね」と発言。それ以来、選手の努力に敬意も払わず、上から目線で酷いことを言う人が、何でスポーツ大会の会長なのかと不満だったので、いまは気持ちがせいせいしている。

来月の3月8日は「国際女性の日」。この話題は過去にもメルマガに書いてきたが、バレンタインデーなど商業的に仕組まれたイベントに比べると、日本での認知度は相変わらず低い。これはわたしが働き始めた50年前と、たいして変わっていないようで残念だ。

「国際女性の日」は国際婦人デーとも呼ばれていたが、その始まりは1904年3月8日、ニューヨークで女性労働者が婦人参政権を要求してデモをしたのが発端なので、120年近い歴史を持っている国際的な記念日。祝日に定めている国も数多くあって、男性が家事や育児をして女性をねぎらう日として定着しているそうだ。

日本でも国連が「国際女性デー(国際女性の日)」を定めた1975年、参議院本会議で「婦人の社会的地位の向上をはかる決議」をしている。にもかかわらず日本は、まだまだ女性の能力を活かし切れていないと常々思っている。大学までは男女平等をうたいながら、就職の時点で先々の「結婚や出産」を理由に女性を落とす。

20年間、国立大学に勤めていたわたしが就職活動の時期に女子学生から聞かされていたことがある。面接で結婚や出産という言葉を使って、「出張できますか?」「飛ばしますよ」などと脅し半分に言われた、男子学生にはそんなことは言わないだろうに、と悔し涙を流しながら訴えるのを、何度聞かされてきたことだろう。

国公立大学や私大に国家予算を使って男女平等に優秀な人材を育てても、就職時点で未婚の女子学生にも「結婚・出産」を理由にふるいにかけ、低賃金で働かせようとする。優秀な女性ほど子供を産まず、男並みに働かないと認めないということなのか。こんなことが現在でも続いているのなら、日本は相当残念な国だと思う。

いまの日本の閉塞感、手詰まり感は、男性中心社会の限界を示しているのではないだろうか。少子化問題も、子供が生まれても男女とも普通に働き続けられる社会環境を整えてこなかったツケだ。一方、スポーツや芸術の分野では国際的に活躍している女性は大勢いる。日本の活性化のためにもっと女性パワーの活用をと、「国際女性の日」を前に声を大にして言いたい。

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きょうの桜島

日本海側では強風や積雪がみられる天候ですが、鹿児島市内では昨夜のうちに雪が降っていて、桜島を見ると、珍しく麓近くまでうっすらと雪化粧していました。

平地では積雪1センチ程度。そのため雲間から太陽が昇ると、朝日を浴びてもう雪が溶けはじめています。南国の雪は儚く消え去ります。

DSC_1459 (2).JPG             2月18日午前7時12分 自宅より撮影


DSC_1460 (2).JPG                 同上

マクベス

「マクベス」とはイギリスの劇作家W・シェークスピアの原作で、世界各地で上演されている演劇作品。シェークスピアには「4大悲劇」と呼ばれる作品群があり、「マクベス」はその1つ。あとの3つは「オセロ」「リア王」そして「ハムレット」。

地元の演劇鑑賞団体である鹿児島市民劇場の2月例会で、昨夜観て来た。劇団東演の舞台だったが、俳優座や文学座からも俳優さんが客演で参加。さらにロシアのユーゴザパド劇場からも4名の俳優さんや音響担当が加わってのいわば合同公演で、総勢20数名が舞台を縦横に駆け回った。

なぜロシアの俳優さんたちが混じっているのか。それは今回の「マクベス」はロシアのユーゴザパト劇場の監督ワレリー・ベリャコーヴィッチの演出で、モスクワで上演されたことと関係がある。彼は舞台初日直後の2016年12月6日に心筋梗塞で急逝。演出した「マクベス」は彼の遺作になった。

わたしが鹿児島市民劇場の例会で観たW・ベリャコーヴィッチ演出・劇団東演の舞台は、最初が2009年「どん底」(ゴーリキィ作)、2回目が2016年「検察官」(ゴーゴリ作)、そして3回目が今回の「マクベス」だった。

ベリャコーヴィッチの演出の特徴は、毎回モノトーンを基調にしたシンプルな舞台装置に徹していることかもしれない。今回の舞台は宮殿の鉄の扉を思わせる、重厚な観音開きの二枚扉が2つあるだけ。高さが3メートルくらいあり、その扉を開けたり閉めたりしながら時間と空間移動を表現していく。

あらすじを超簡単に書くと、スコットランドの武将マクベスは、森の中で3人の魔女に出会い、彼が王になるという予言を聞く。手柄を立てて昇進するとマクベスはさらに野心にかられ、次は国王になりたいと望み、ダンカン王を暗殺。王になったマクベスだったが自分の地位を失う恐怖から、次々と殺人を重ねていき、ついには魔女の予言通りに死を迎える、というもの。

権力とは、1度手に入れたら手放せないものらしく、庶民には無縁のものだ。しかし権力者の意識というのは、古代から現代にいたるまで何も変化していないように思える。世界の国々で権力を握っている人々が自分の地位保全に熱心なのは、特に政治の世界では顕著なのでわかりやすい。

「マクベス」を観ながら、つい先日に終わったNHK大河ドラマ「麒麟が来る」で、織田信長が権力者に上り詰める過程と、自分に逆らう者をことごとく抹殺してしまう成り行きとか重なってしまった。洋の東西を問わず権力者の持つ本質は、哀れな最後まで同じなんだなあと、そんなことを思いながら観ていた。

劇が終わって会場を出ると、すでに午後9時半。市電に乗って最寄り駅で下車。あと100メートルも歩けば着くという直前、ふと「日本酒」と書いた看板の灯りが目に留まり、開いているんだ…と連れと店内へ。客はカウンターにサラリーマン2名のみ。アクリル板を前にして、辛口の冷酒をお供にしばし余韻にひたった夜だった。

  ♪ 管理者ウェブサイト 「杉山武子の文学夢街道」