一樹の蔭、一河の流れ

アクセスカウンタ

zoom RSS 早春の中欧をゆく(1)ブダペスト

<<   作成日時 : 2012/05/09 02:45   >>

ナイス ブログ気持玉 14 / トラックバック 0 / コメント 0

昨年末だったか、このメルマガでふと「東欧へ行きたい」趣旨のことをつぶやいたら、すぐさま知人から反応があった。「私も行きたいと思っていた、一緒にいこう」と。夢や希望は思い続けていれば叶うというけれど、本当にこの3月下旬、中央ヨーロッパに友人と2人で行ってきた。

海外のひとり旅は高くつくので、相棒がいれば鬼に金棒。といってもいつもの個人旅行ではなかった。行くと決めたら数カ月かけて旅の計画を立てるが、今回はその時間が無く、3つの都市に各2泊し自由行動の多い某旅行会社のツアーを利用することにした。

3都市とはハンガリーのブタペスト、オーストリアのウィーン、チェコのプラハ。ウィーンは10年前に行ったことがあり、もう一度行きたかった都市だ。大陸ゆえの民族移動と宗教がらみの戦争が繰り返され、支配者が変わるたび国境線も動いてきたヨーロッパ。その中央部の3カ国をめぐる旅に、関空から飛び立った。

13時間後、アムステルダム着。そこで乗り継ぎブダペストへ飛ぶ。ヨーロッパ各都市へ行くとなると、だいたい飛行時間が合計で15時間前後になる。私はエコノミークラス利用なので、体力のあるうちに遠い所から先に行きたい。そんな思いが強いので、思い立ったらすぐ実行!
  ※写真上にカーソルを置くと説明が表示されます。

画像


日本との時差が+8時間のブダペスト空港に到着したのは、現地時間の22時40分。さらにバスで移動しホテルに着いたのは23時40分。日付が変わる直前にやっと部屋に。関空で対面したツアー参加者は全部で16名とちょうどよい人数で、夫婦、親子、友人、家族連れのグループだった。
画像

ハンガリーは1989年に共産主義政権が崩壊したのち民主化を進め、2004年にはEUに加盟して、旧東欧圏の優等生と呼ばれている。ブダペスト空港からバスで夜の高速道を走っているとき、薄暗い中にいくつもの工場が沿道に並んでいたが、荒れ果てたまま放置されていた。それが延々と続く。

日本語ガイドのアグネスさんが言うには、これらの工場はかつては靴その他の工場だったという。しかし近年、中国製の安い製品が大量に入るに及んでこれらの工場は次々に潰れ、失業者が増大したと。明りが乏しく、ゴーストタウンを見ているようだった。昼間のブダペストはどんな顔をしているのだろう。
画像

画像

画像


翌日は快晴。朝9時にホテルを出発してブダペスト観光へ。気温は18度くらいで寒くはない。ブダペストは1873年、ドナウ川を挟んで西岸のブダと東岸のペストの2つの町が合併して誕生したという。聖イシュトバーン大聖堂、英雄広場、漁夫の砦、マーチャーシュ教会など名所を見学。
画像

画像

昼食後は自由行動。くさり橋のライオン像を眺めたが、橋上は車の往来が激しい。ガイドさんの話ではブダペストの人口は約200万人なのに、平日は周辺地域から車で出稼ぎに来る人たちで人口が倍になると。そのため車の排気ガスがひどくなるばかり、と嘆いていた。しかしどちらを向いても、いかにもヨーロッパという街並みだ。
画像

画像

夜はドナウ川クルーズ。ライトアップされた歴史的建造物を船上から眺めた。特に川沿いに建つ世界遺産の国会議事堂と丘の上の王宮は、まばゆいばかりの金色。さらに船から仰ぐ天空には、これまた金色の星と月とが上下に並んだかっこうで煌煌と輝やくという、おまけ付きの神秘的な夜景だった。
画像

画像


 ♪管理者ウェブサイト「杉山武子の文学夢街道」 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 14
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
面白い 面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文



早春の中欧をゆく(1)ブダペスト 一樹の蔭、一河の流れ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる